〜月の宮の伝説〜

幻影門

「此処は何処?」
 俺は、ボーっとした頭のまま、無意識ながら口を開く。
「私の棲む世界よ」
 俺たちは手をつないだまま、ドライアイスのたかれたような地面を歩いて行った。どのくらい経ったろう。
 やがて大きな門の前に出た。
「ここって、竜宮城かなんかなの!?」
「え───っ?! 英則君て御伽話好きなの?」
「いや、そういうわけじゃ‥」
 俺は、思わず頭をかいた。
「ここはね、私の一族の棲む世界」
「どういう意味?」
「魔界よ───」
 俺は目を白黒させながら、彼女を凝視した。あまりに驚き過ぎて、立ち尽くしてしまった俺の背を、彼女は後ろから両手で押して、その門をくぐろうとする。思わず足を踏ん張った。
「やだよ。俺、帰る」
 俺は、その場を一目散に逃げ出した。

 息が切れ、吐きそうになりながら、でも、止まっちゃいけないような気がして、必死に走り続けた。前後も、左右も、相変わらず真っ白で何処をどう走っているのか、全く分からなかった。
 どの位走ったろう‥
 俺は立ち止まった。膝に手を置き、荒い息を小刻みに吐く。こんなに走ったのは久しぶりだ。この調子で練習してたら、もう少し楽な試合運びが出来るな、なんて考えながら呼吸が調うのを待った。
 暫くして、随分落ち着いたので、改めてあたりを見回した。霧の中、という感じはまだ続いていた。
 しかし、じっとしていても仕方がない。俺はゆっくりと歩き出した。白い霧は何時まで経っても、消えそうになかった。

 ふと、彼女はどうしているだろう、と思った。振り切って来てしまった。怒っただろうか。
 でも、どうして俺をこんな処に連れて来たのだろう。それに、二人で歩いた距離より俺の走ったそれの方が絶対に長い筈なのに、いつまで経っても霧の中から抜けられないのは、どうしてだろう。心細い思いで歩いていると、クスクスと人の笑い声が聞こえてきた。
「誰?」
「逃げようったって、そう簡単にはいかないのよ」
「魔木子さん!!」

 何と、驚いたことに俺はさっきの門の前から、一歩も先に進んではいなかった。振り返ると、彼女が門の前に立っていた。
 俺は、体から力が抜けた───。
「さあ、行きましょう」
 今度こそ、俺は彼女に手を取られ、その、でかくて不思議な門をくぐった。

著作:紫草

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