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『キスシーン』W

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「おい。初めてキスしたその日のうちに、その先まで経験するつもりか」
 俺は、シャツのボタンに手をかけた瑠璃を止めようとする。
 しかし瑠璃は、そんな声など聞こえないように全部のボタンを外してしまった。そして襟に手をかけて、肩から脱がそうとする。

「おいって」
 ちょっと待て、と流石に手を掴んだ。
 目を合わせようとしない瑠璃が、何を考えているのか分からなかった。肌蹴られたシャツは、かろうじて脱がされずに済んだけれど。
「瑠璃…」
「だって。明日になったら、全部嘘にされそうなんだもん」
 えっ。
「絶対、明日になったら、やっぱり駄目だって。みっちゃんならそう言うもん。だから今日する。全部する。襲う」
 おい、それはないだろ。

「何もなかったことにするわけないじゃん。やっと手に入れたのに」
 そう言って頭を抱いてやる。肌蹴た胸に直接瑠璃の息がかかると、ゾクッとした。
「瑠璃は怖いか。俺が嘘だって、そう言うと思ってる?」
 小さな頭が腕のなかで頷いた。

 鋭いな。
 やっぱり、ちゃんと見てたってことなんだろうな。

「確かに、ちょっと前ならそう言ったかな」
 思わず、顔を上げようとした瑠璃の頭を押さえ込む。
「でも無理。親戚中を敵に廻しても、世間を敵に廻しても、もう離したりしないから」
 背中に廻っていた瑠璃の腕が、更に強く俺を抱き締めた。
「だから焦るな。まだ高校生だろ。どんな高校生とも比べなくていい。瑠璃は瑠璃だ。初体験は、今じゃなくてもいいよ」

 本当は死ぬほど恥かしくて、震えてる筈だろうに。これが役者ってことかな。
 今、目の前にいる瑠璃は震えても泣いてもいなかった。
「まずは、叔父さんと叔母さんにだけは土下座をしよう」
「その前に既成事実ってやつは?」
「誰から聞いた、そんな言葉」
 するとモデル時代のスタイリスト、という世界の違う話をする。

 無理して大人になるな。
 そんな言葉を言おうとして、やめた。きっと我慢できなくなるのは、俺の方だろうと思ったから。
「そのうちな」
 そう言って、漸く頤を掴んで持ち上げる。
「今は、キスだけで気持ちよくなって」
 ふたりして微笑んで、そのまま啄ばむようなキスをする。

「どんなに遅い時間でも、逢いたくなったら来てもいい?」
「そういう時は呼び出せ。必ず行ってやるから」
 うん、と頷きながらキスを繰り返す。
 でも、お前は言ってはこない。今まで一度だって、我が侭言ったことなんてないんだから。
 だから俺が行く。

「瑠璃」
 触れたままの唇で、俺は初めて愛を語った――。

Act 1 fin.

著作:紫草

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