大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
泣き叫ぶ迦楼羅を力づくで連れ戻した。
露智迦が土蜘蛛の手に落ちた以上、諦めるしかないという長老の言葉に迦楼羅は絶望した。
郷の皆が心配し労わってくれるものの、涙が枯れることはないように思った。
どこからか、なうらのせいだと言う者が現れた。
なうらが朔に山へ近づかなければ、露智迦が土蜘蛛の手に落ちることはなかった、と。
悲しい事実が、なうらの心にも漸く届いた。
「そんなに悪い人には思えなかったの…」
彼女は初めて、土蜘蛛とのことを認めた。
「あれ程近づいてはならぬと謂うたに…」
皆が声のする方を向くと、おばあの姿があった。
「ごめんなさい」
なうらの許しの言葉にも、もう遅いと罵倒する声が飛ぶ。
「私、頼んできます」
そう言って立ち上がろうとするなうらの腕を、伽耶が掴んで座らせた。
「止めろ。もう遅い」
その言葉が口火となって、今度は伽耶に罵声を浴びせる。
「お止め。なうらは此処に来るべき者だ。伽耶が勝手に連れてきたのではない」
おばあの言葉に静まり返る。
その時だった。
〔申し訳ない。私の落ち度だった〕
その声と共に姿を現した土蜘蛛の腕に、露智迦がいた。
一斉に散ってゆく郷人の中にあって、迦楼羅だけが蜘蛛に近づいた。
「露智迦」
〔お前の男か。ずっと、かるらという名を呼んでいた〕
迦楼羅は蜘蛛に頭を下げ露智迦を受け取ると、姿を消した。
何という力だ、と土蜘蛛は思った。
〔郷の長老殿。此度のこと許して戴きたい。二度と約したことを破らぬと誓う〕
「こちらにも、貴男に近づいた者がいたことは約を破ったことになる。仕方が無いな」
郷の者たちからは、それでは割が合わぬと声が聞こえたが、あえて長老は無視し続けた。
「土蜘蛛との関係は不文律だ。二度目はない」
〔承知。今後一切、郷に迷惑はかけない〕
それだけ言うと、なうらの姿をちらりと見、土蜘蛛は山へと帰っていった。
すでに息のなかった露智迦を、迦楼羅だけが生きていると言う。
郷の中にも、確かに息が途絶えているのに、それでも腐らずにいるのはどうしてだろうと言う者もいたが、三月後、遂に長老が迦楼羅に告げた。
露智迦の為の壇を組めと。
長老に言われてしまえば、否やは言えぬ。
迦楼羅は、檀を組み葬送の仕度を調えた。
≪迦楼羅、来い!≫
その声に迦楼羅は驚いた。正しく露智迦の声だ。
迦楼羅は洞窟に寝かせてあった露智迦の許へ跳ぶ。
「露智迦…」
三ヶ月もの間、ピクリともしなかった露智迦の身体が筵の上に起き上がっていた。
地面に届くまであった髪は、肩口にまで短くなっている。きっと、それだけ過酷な状況だったのだろう。
これからまた伸ばしてゆけばいい。
「葬送は、もう少しだけ勘弁してくれ」
笑いながら言う露智迦の胸に、鼓動を聞く。
長老もおばあも、迦楼羅の想いが奇蹟を呼んだという。
そんな理由などいらぬ。露智迦が生きているだけで、それでいい。
迦楼羅は、涸れぬ涙を再び流していた。
そしてこの先も、二人の作る結界は郷を守り続けるのである。
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】