大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――

『思ひ出語り/地上界4』
土蜘蛛4〜願ひ〜

 泣き叫ぶ迦楼羅を力づくで連れ戻した。
 露智迦が土蜘蛛の手に落ちた以上、諦めるしかないという長老の言葉に迦楼羅は絶望した。
 郷の皆が心配し労わってくれるものの、涙が枯れることはないように思った。

 どこからか、なうらのせいだと言う者が現れた。
 なうらが朔に山へ近づかなければ、露智迦が土蜘蛛の手に落ちることはなかった、と。
 悲しい事実が、なうらの心にも漸く届いた。
「そんなに悪い人には思えなかったの…」
 彼女は初めて、土蜘蛛とのことを認めた。
「あれ程近づいてはならぬと謂うたに…」
 皆が声のする方を向くと、おばあの姿があった。
「ごめんなさい」
 なうらの許しの言葉にも、もう遅いと罵倒する声が飛ぶ。
「私、頼んできます」
 そう言って立ち上がろうとするなうらの腕を、伽耶が掴んで座らせた。
「止めろ。もう遅い」
 その言葉が口火となって、今度は伽耶に罵声を浴びせる。
「お止め。なうらは此処に来るべき者だ。伽耶が勝手に連れてきたのではない」
 おばあの言葉に静まり返る。

 その時だった。
〔申し訳ない。私の落ち度だった〕
 その声と共に姿を現した土蜘蛛の腕に、露智迦がいた。
 一斉に散ってゆく郷人の中にあって、迦楼羅だけが蜘蛛に近づいた。
「露智迦」
〔お前の男か。ずっと、かるらという名を呼んでいた〕
 迦楼羅は蜘蛛に頭を下げ露智迦を受け取ると、姿を消した。
 何という力だ、と土蜘蛛は思った。
〔郷の長老殿。此度のこと許して戴きたい。二度と約したことを破らぬと誓う〕
「こちらにも、貴男に近づいた者がいたことは約を破ったことになる。仕方が無いな」
 郷の者たちからは、それでは割が合わぬと声が聞こえたが、あえて長老は無視し続けた。
「土蜘蛛との関係は不文律だ。二度目はない」
〔承知。今後一切、郷に迷惑はかけない〕
 それだけ言うと、なうらの姿をちらりと見、土蜘蛛は山へと帰っていった。

 すでに息のなかった露智迦を、迦楼羅だけが生きていると言う。
 郷の中にも、確かに息が途絶えているのに、それでも腐らずにいるのはどうしてだろうと言う者もいたが、三月後、遂に長老が迦楼羅に告げた。
 露智迦の為の壇を組めと。
 長老に言われてしまえば、否やは言えぬ。
 迦楼羅は、檀を組み葬送の仕度を調えた。

≪迦楼羅、来い!≫
 その声に迦楼羅は驚いた。正しく露智迦の声だ。
 迦楼羅は洞窟に寝かせてあった露智迦の許へ跳ぶ。
「露智迦…」
 三ヶ月もの間、ピクリともしなかった露智迦の身体が筵の上に起き上がっていた。
 地面に届くまであった髪は、肩口にまで短くなっている。きっと、それだけ過酷な状況だったのだろう。
 これからまた伸ばしてゆけばいい。
「葬送は、もう少しだけ勘弁してくれ」
 笑いながら言う露智迦の胸に、鼓動を聞く。
 長老もおばあも、迦楼羅の想いが奇蹟を呼んだという。
 そんな理由などいらぬ。露智迦が生きているだけで、それでいい。
 迦楼羅は、涸れぬ涙を再び流していた。
 そしてこの先も、二人の作る結界は郷を守り続けるのである。

 それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】

著作:紫草


「朔の夜」著作:李緒
*土蜘蛛に攫われた“なうら”と“ナウラ” 同じエピソードが隙間を埋めてくれます*
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