『海豚にのりたい』

その参「龍の空の章」

3

地上界
 ――吉日。
 多くの龍と共に、春宮(とうぐう)も地上界へと降りて往く――。

 春宮は他の龍とは違う水脈を選び、抜ける。
 初めて見る地上界。人、獣、魚、森。抜けている間中、わくわくする気持ちは消えなかった。
 そして春宮は、とある“海”へと辿り着いた――。

『長との約束だからな、海以外には降りられないのが辛い』
 春宮は小さな入り江のある、でも大海に出られる海を選んだ。海面から顔を出すと、遠くに街の灯りが見える。そして幾つか、動いている生き物を見る。
『あれが、人かぁ』
 つい、呟いてしまう。それまで他の種族を覘(のぞ)くことができるという“水鏡”を見たことがなかったため、これが本当の初対面であった。恋し焦がれた恋人でもいるような気持ちだった。それほど思いは街に向いている。
 しかし、人型を取れないため、海を出るわけにはいかなかった。
『一つだけ、変身してもいいといわれたけれど、いったい何に変化(へんげ)すればいいんだろう?』
 水中に身を沈め、あたりを見渡す。暗闇の海は夜行性動物の天下となっていた――。

 翌朝、春宮が目覚めたのは大きな動物に身体を突かれたからである。そこは、いつもはその大きな動物の身を隠す特等席だったようだ。岩の形が身体を横たえるに丁度よく、比較的浅い場所だということは分かってはいたし、それが危険を伴う場所だということは充分分かってはいたが、一日中の興奮に疲れてしまい眠ってしまった。
 その動物は、龍の姿を恐れることなく寄ってきて、楽しそうにあたりを泳ぐ。見ている春宮までもが何だか楽しくなってきた。
『そうだ。変化(へんげ)するなら君にしよう』
 龍族と違い、言葉は通じない。どうしようかと思っていると超音波の波動が聞こえた。どうやら、その動物の意思伝達方法らしい。
 詳しいことは不明だが、簡単な意思だけは伝わりそうだとわかった。

 春宮は、出来るだけ詳しく自らのことを伝えた。すると相手もそれに答えてくれた。そのなかで相手の動物は、人には“イルカ”と呼ばれていること。魚ではなく、種族は人に似ていること。何より彼は、仲間とはぐれ一頭でこの海に暮らしていることを知った。
 春宮とイルカは、その日から友だちになった――。
 春宮の地上界でのスタートは、まずまずといってもよかった。

 ――天上界。
 水鏡に映る地上界の様子を長が覘(のぞ)く。春宮の様子に安堵しながらも、すぐに逃げ帰ってくることがなかったことを苦々しく思った。

著作:紫草



*素材のお持ち帰りは禁止です。
inserted by FC2 system