『祭囃子』

第二章「秋祭り」

18

 数年後、いよいよ京の「あの家を処分することにした」と聞かされ俺たちは上京することに決めた。ちょうど会社から本社に来ないかと誘われていたので、これを機会に転勤を受けることにしたのだ。
 折角だからと家のあちらこちらの片付けや掃除、というか、ガラクタ集めに参加させてもらい、ばあちゃんの息子さんと精を出していた時だった。

「光さん。これ、君の手紙でしょ」
 と云って、古い茶封筒を手にしてる。
 何だろう。
 ひとまず受け取って、裏をひっくり返す。確かに『光』と書いてある。
 すっかり忘れてしまった、その古い封筒を俺はポケットにねじ込むと再び作業に取り掛かる。
 天井裏は体重の軽い俺の仕事になった。そこにあるのはダンボールじゃなかった。木箱だ。ばあちゃんは一体どうやってこの箱を此処に運び込んだんだろう。ざっと見て十箱はあるだろうか。
 これを下ろすのは大変だということで、その場で開けることになった。
 これぞ、ガラクタの宝庫。まぁ見る人が見たら値打ちな物が混ざっているのかもしれないが、何せ素人の男二人。
「いいよ、捨てよう」
 というものが結構ある。そんな中、
「これ、くれ〜」
 と思わず叫んだ。それは木箱の中ではなくスーパーのビニール袋に入っていた。
「何?!」
「ばあちゃんの作った茶碗だ」
 息子の明石さんが、俺の手元を除きこむ。
「あゝあった。探していたのは、これ。光君の為に残っていたのかな。お袋が死んだ時どこにも無かったから、もしかしたらこっちかもしれないと思ったら案の定。死ぬ少し前に嬉しそうに釜に通って、それが最後の楽しみになった」
「じゃ要らない」
 それじゃあ、これはおばあちゃんの最後に焼いた茶碗だ。流石に貰えないよ。
「違うよ。よく見てごらん。二つ入っている筈だよ」
 そう云われ、袋に手を突っ込んで新聞紙をかき出す。コロッと何かが転がった。覗くと確かに同じ茶碗が入っている。
「お袋からの結婚祝いだったんだ。随分、遅くなったけど見つかって良かった」
「おばあちゃんからの?! あれ、でも結婚祝いって貰ったよ」
 俺は明石さんの顔を見る。
「気に入ってたから、光君のこと。だから作ったのにしまい忘れてしまって。らしいと云えばらしいけど、結局別の物をあげることにしたって云ってた」
 そう云うと明石さんは、少しとぼけた表情をした。あれは確か九谷焼の器だっけ。宮子がそんな話をしたのを憶えている。
「じゃ遠慮なく戴きます。有難うございました」
 茶碗を少し高く上げて礼を云う。おばあちゃん、ありがと。
「時々遊びに来てよ。光君は一人っ子の俺にとっちゃ弟みたいなもんだからさ」
「うん。ほんとに‥ありがと」
「いい年して泣くな。いい男が台無しだぞ」
 明石さんは、軍手を外して俺の頭を撫でてくれた。俺にとっても兄さんだよ。
 でも、あえてそれは云わないでおく。
「明石さん。俺、この家本当に好きだった。家と一緒に呼吸してたよ。おばあちゃんも、会ってないけどおじいちゃんも、いつも守られてるって気がしてた。楽しい学生時代と結婚してからと、本当にこの家に住めて良かった」
「そこまで云ってもらえたら、お袋も本望だろうな」
 さて残りは処分だ、と明石さんが階段を下りて行く。俺も、茶碗二つを持ち階下へ降りる。残り少し、頑張ろう。

 思わぬ贈り物を貰って、俺はこの家を本当に去ることになった。
 京の殆どを過ごした我が家、どうも有難う。

著作:紫草

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