『純・真』完全版


「待ってくれ!」
 確かに、話せと言ったのは自分だ。
 しかし、こんな重い話になるとは――。
「ちょっと待ってくれ。今、頭の中を整理するから」

 昔、高校教師というドラマがあった。
 嘘っぽい話だと思いつつも何となくイメージの中の教師像がそのドラマにあったのも事実だ。高校生になって、ドラマとは全く違った中、やってきた教育実習生との関わりも一つの契機だったかも。
 大学に入って、何となくだったけれど教職課程の道を選んだ。そして運のいいことに、そのまま教師になった。ただ熱血教師にはなれないと思っていた。
 小林保志、二十四歳。高校教師として一番の危機に直面している――。

 現在、二年の担任だ。教科は国語、図書委員会、そしてテニス部の顧問をしている。
 目の前には受け持ちではないクラスの女子生徒。うちのリビングで話を聞く。彼女の名前は鎬木璃香、十八歳。ソファに置いてあったドナルド柄のクッションを抱きかかえて座っていた。
「その友達の話っていうのは、本当に友達の話なんだな」
 そうだ。まず、そこを確かめよう。友達の話って自分のことってパターンは意外と多い。
「そう。二年の久保田さん。どうせ助けてもらうには名前言わなきゃならないから、もういい。言う」
 何!
 あの堅物で通っている久保田泉か。
 制服姿に黒いカーディガンを着ているイメージ。髪はセミロングのふんわりタイプ。成績は常に上位に入り、部活は……。
「何部だったっけ」
「だから!」
 最初の一言こそ大きな声だったが、水泳部ですと小さく答えた。
「あ。そっか。着替えの盗撮だっけ――」

 水泳部の後輩が更衣室の着替えを盗撮された。その写真がどこかのサイトに出ているという。
 運営者に削除依頼のメールをしても出たままで、すでに一週間が過ぎたらしい。
「どのサイトだ」
 璃香はスマホを操作して、こちらに向けた。
 こういうサイトに電話番号はない。
「警察に被害届を出すということは」
「できない」
「だよな」

 仮に削除されたとしても、ログは残る。
 インターネット普及の影に潜む、罠。リンク。共有。拡散。
 横顔と上半身。これからインナーをつけようとしているところだ。胸が出てしまっていた。
 これが半永久的にネットの世界に残る。今更、どうすることもできない。ただ大量の写真の中に埋もれてくれと祈るばかりだ。
「担任の榊田先生には俺から話そう」
「やめて」
「このまま無断欠席が続くと、いずれ問題になる。今、話さなくても同じことだ」
「それじゃ駄目なの。それじゃ保志先生に話した意味がない」
「どういうことだ」
 彼女、璃香が唇をかんで睨みつけてくる。ひとまず話を戻そう。
「これ、写真じゃなくて映像だろ。カメラとかって」
 そこまで言ったところで頷いた。
「二人で探したら、もうカメラはなかった。でもそれらしい場所の埃が綺麗に拭き取られていた」
 そりゃそうか。もうやれることは全部終わってるんだよな。

「二年のこの時期から休んでも三年には進級できるよね」
 今は年明け間もないとはいえ、一年の授業数からいえば多分大丈夫だろう。
「よほど、これまでの欠席が多くなければな」
 聞くと璃香は何かを決心するように数回、小さく首を動かしている。
「何かあるのか」
「榊田先生が転任するってことはないよね」
「は〜?」

 さっきから何か変だぞ。
「榊田先生に何かあるのか」
「ないよ。何もない。何もなさすぎて、消えてほしいだけ」
 意味が分からなかった。
「生徒の感情で教師の転勤が決まるってことは絶対にないな」
 そんなに嫌いなのかよ、とは聞けなかったが。

 榊田先生。フルネームなど知らん。数学教員で確かバスケ部の顧問だ。全然経験がないとかで生徒からバカにされていると噂を聞いたことがある。
 しかし結構、二枚目で一部の生徒には人気があるとも聞くが、どうやら璃香は違うらしい。
「榊田先生が今回の話を知ると拙いのか」
 返事はなく、ただ大きな瞳を更に見開くようにしてこちらを見た。
「榊田先生が最初に気づいたの、あの写真」
「えっ!?」
 そんな馬鹿な、と言おうとして、璃香の表情を見たら言えなかった。
「久保田が直接聞いたってことか」
 それには、違うと否定する。
「メールが送られてきたの。アドレスが貼ってあって、そのままリンク先に飛んだらあの写真だったって」
 アドレス、生徒との連絡用に今はほぼ全員にアドレスを渡してある。ただそれは学校用のもので私用では使わない。学校のPCからなら誰でも使える。
「誰かが榊田先生のアドレスを悪用したということもある。やっぱり確かめないと」
 そこでインターフォンが鳴った。映し出された画面に璃香の母親がいる。
「もう帰れ。続きは明日だ」

「こんばんは。おばさん、遅くなっちゃってすみません」
「いいのよ。ちょっと、入るわね」
 ま、いいけどね。今さら教師だ、生徒だなんて言わないだろうし、問題は璃香じゃないし。
「泉ちゃんのお母さんから連絡があったの。泉ちゃん、いないらしいのよ。璃香のとこ、連絡きてない」
 璃香の返事は否。これから捜しに行くのだという。
「ちょっと待って。学校には」
 璃香が気にしたのはやっぱり学校に知られることか。
「久保田さんはしないって。このところ、うまくいってないらしいわ」
 そう言いながらも玄関に向かう。
「保志君。悪いけど、今夜璃香をお願いね」
「僕も捜します」
「二人の関係がバレちゃ困るわ」
 あ〜 そっか。

「私も行く」
「ダメ。ここにいなさい。見つかったらメッセ送るから」
 おばさんは言いたいことだけ残して出ていった。
「璃香」
 泣きそうな顔をしてクッションを潰すようにして立ち尽くしている。とりあえずソファに座らせた。隣に座ると抱きついてくる。
 どうしようという言葉が途切れ途切れに聞こえた。
 同じマンションの友達だもんな。璃香を追っかけて同じ高校に入ったんだっけ。
 一つ下とはいえ仲のいい二人だった。
「やっぱり捜す」
 言うと思った。
「俺も行くよ」
「先生は来ないで。バレたら転勤よ」
「お前は春には卒業で、転勤になってももう困らないよ」
 それに街で偶然会ったことにすればいいだろ。とりあえずおばさんに連絡してどの辺にいるかを聞いてみる――。

 璃香とは同じマンションに住んでいる。彼女の中学入学から三年間、家庭教師をしていた。高校入学と同時にままごとのような付き合いを始めて、この二年は秘密の関係だ。
 璃香は一人っ子で父親はいない。お母さんが一人で育てていた。だからだろうな。人懐っこい奴だった。初めて会ったのは、まだ幼稚園に通っていた頃だろう。あの頃は近所のマンションに家族と住んでいた。あまり憶えていないが、おばさんから家庭教師をしてくれないかと言われたのは彼女の小学校卒業式の日だった。
 あれから六年。幼かった女の子は恋人になった。

「見つかった?」
 明け方近くになっていた。三人で合流したところにおばさんのスマホが鳴った。
 内容までは聞こえないが、指でOKマークを作っている。
「よかったぁ」

 相槌をつなぐと深夜のネットカフェで補導されたようだ。最近は午後十一時を過ぎると高校生は出されるからな。
 とりあえず解散ということで、捜していたお母さん仲間に連絡をしていた。璃香もスマホに何かを打ち込んでいる。
 マンションに戻っても璃香はこちらに来た。おばさんもその方がいいだろうと自分だけ十二階を押してエレベーターに残る。
「ゆっくり休ませて。明日、もう今日か。休んでもいいから」
 最初は自分に、その後は璃香に言葉をかけた。
「おやすみ」
 そこで扉が閉まった。

 すべてが終わったわけじゃない。これからの方が大変かもしれない。ただ……。
「今は久保田が無事だったことを喜ぼうな――」
【To be continued.】

著作:紫草

NicottoTown サークル「自作小説倶楽部」より 2019年1月分小題【リンク】
Nicotto創作 List 『純・粋』
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