『夏だけの恋じゃない』1


「お母さん」
「何」
「お母さんはお父さんと二十歳も違うでしょ」
「そうね」
「どうしてお母さんはお父さんは結婚できたの?」

 絶句する母をじっと見つめていると、父の只今という声がした。
「今のなし」
 そう言って鏑木泉は食卓を立とうとした。すると父が少し話そうかという。珍しいことだ。でも父のこういうところ、嫌いじゃない。
「いいよ」
 いつもなら、このまま車庫に向かい二人でドライブをする。しかし今日は違った。

「泉は今、おじさんと呼ばれるような人が好きなのか」
「えっ?」
 それからの泉の狼狽えようは、正しくその通りと告げていただろう。ただ本人は認めたくないものである。
 高校二年生。世の中の常識ではおじさんを好きにはならないものらしい。しかし我が家には二十違いの両親がいるのだ。そんな常識は泉にはなかった。

「そっか。それは大変だな」
 手を洗って戻った父が座る。泉は立ち上がり、母の手伝いをし始めた。小鉢に肉じゃがを盛り付け父の前に置く。彼は礼の言葉を言いながらそれを手前に引いて覗き込んでいる。
「白滝が入ってるから、今夜は泉が作ったか」
「うん」
 泉は白滝が大好きだ。何にでも入れて母に叱られる。でも肉じゃがだけは何も言われないから大きい袋を使っている。
 普通は知らない。我が家では肉じゃがはとっても甘い。母の味というか、父の祖母の味というか、よく分からないが兎に角うちらしい味になる。
 あの話はもうしなくていいのかな、と思ったところで父が再開した。
「相手の人は困ってるだろうなぁ」
 お杓文字を手に暫く動きが止まった。

 そう。困っているんだ――。
 相手の白城修和は、十八歳違いの三十五歳。よく行くコーヒーチェーン店の店長だ。
 出逢いと呼べるのかな。
 とある日。レジに並んだ泉が財布を持っていないことに気づき、しかしキャンセルを告げる前にコーヒーは作られてしまった。呆然としていると、ここはいいよとコーヒーを渡してくれた。
 翌日、お金を持っていくと彼は休みだという。それからだ。何となく彼の姿を追うようになった。高校一年の夏のことだ。そしてクリスマス。彼とコンビニでばったりと会った。選んでいたのは仮面ライダーのケーキだった。
「お子様がいるんですか」
「うん。有名なお菓子屋さんよりも今は仮面ライダーの方がいいらしい」
 そこで笑った。とっても優しく。

 人を好きになる瞬間なんて、呆気ないものだ。それから泉は下心満載で彼に近づいた。奥様は亡くなっていて一人で息子さんを育てているのだということだ。それから半年以上、彼はずっと困っている。

 そこで母が爆笑した。
「どうしたの」
「きっと、その相手の方の気持ちが手に取るように分かって、お父さんは切なくなっているだろうなと思って」
 どういう意味なの。
「若菜さん。笑い事じゃない。あの時の君のご両親の憂いまで分かってしまうよ」
 二人の間で見えないアイコンタクトがあった。
「何よ、二人して。ちゃんと話して」

「お母さんがお父さんを追いかけ回したの。そりゃ困ってたわよ。おじさんなんだから駄目だって」
 お祖父ちゃんとお祖母ちゃんも大反対したらしい。当時母は高校の卒業を控えている頃だったと言った。
「どうして反対なの」
 泉はそこが普通じゃないのよね、と母は父に向かって話した。
「友達の彼氏はどんな人だ」
 そりゃ友達の相手は同級生や大学生が多い。中にはフリーターって人もいるけど、少なくとも子持ちのおじさんはいないね。でも関係ない。泉が好きなのはおじさんなのだ。

 いつもは人と比べることをしてはいけないっていうのに、都合の悪いことになると周りを見ろって変じゃないかな。常識ってそういう時に使う言葉なのかな。
 泉にとっては好きな人がおじさんでも年下でも、あまり変わりないと思うけれど。
「年下の方がまだよかったかもな」
 食事をしながら父のボソッとした声に母が反応した。
「おじさん好きは私の遺伝かもしれないわね」
 二十違いって珍しいんだね。
「あなたも大概いい加減よね。離れていても一回りくらいじゃない。普通は一桁くらいですんでるものよ」
 そっか。友達の親の年齢差なんて普通は知らないから。ということはやっぱり泉は変わっているのか。
「でも良い人なの。優しくて子煩悩で、かっこいいの。私にとってはだけどね」

 母はもう何も言わなかった。
 父はあまり追い詰めるようなことは言うなよとだけ言った。
「今夜は三人でドライブに行くか」
 良いね。
「24時間のファミレスにデザートを食べに行きましょう」
 母の屈託無い言葉に救われた――。

 夏休みになった。
 いつもよりも多く長くバイトができる。泉のバイト先は白城のお店、とはいかず。いや、面接に行こうとは思った。でも断られた。単純な知り合いなら歓迎すると言われたけれど泉はそうじゃないから。
 そこで同じ通りにあるコンビニで働くことにしたのだ。ほぼ同じ場所に出向いて働いているというのに殆んど会うことはない。学校があると夕方から閉店までの短い時間になるからだが、昼間に入るシフトになってもやっぱり会うことはない。
 よく考えたら白城も働いているのだから当然だ。そんな簡単なことにも気づけないほど、どうやら浮かれていたらしい。こんな具合に少し冷静になったり、バイト先の人とご飯を食べながら色々な話をしたりして考えた。
 そこでバイト仲間で白城よりも更に年上の男性に彼のことを打ち明けてみた――。

 その人にはとても好きな人がいて、彼女の方が年上だよと教えてくれた。
「彼女は一緒に小学校に通ってないって、最初は抵抗された」
 と笑う。すごく静かな話し方をする人で、彼女とは五年の付き合いになるのだそうだ。どうしてそんなおばさんを好きになったんですかと尋ねた。
「良いなって思った瞬間には好きになってた。年が上なのは後で知ったから気にならなかったよ」
 と言う。
「泉ちゃんの歳で十八歳違いって凄く離れてるって思われるだろうけれど、俺くらいになっちゃえば、どっちもおじさんでおばさんだからさ。今は大変だろうけど頑張れ」
 うん。
 みんなに変だ変だって言われ続けてたから、その人の頑張れが凄く嬉しかった。父も何も言わずに待ってくれてる。だから自分が納得できるまで頑張ることにした。

 これまでも月に一度はデートしてた、親子デートだけれど。だから彼が許してくれたその月に一度のデートを楽しもう。
 次は再来週の日曜日だ。
 その日は、何か良いことあったのかと聞かれながらレジに立っていた。するとお昼の休憩少し前に白城が会計の列に並んだのだ。お水のペットボトルを差し出してくる。
「少し時間ある?」
「はい。もうすぐ休憩になるので待っていてもらえれば」
「じゃ。外で待ってるから出てきて」
 そう言葉だけ残して白城は出て行った。
「泉ちゃん。もういいよ。休憩入って」
 様子を見ていたのだろう。泉の相手を知っている彼はそう言って交替してくれた。

「遅くなりました」
「こっちこそ、ごめん。時間勿体無いから用件だけね。明日、シフト入ってるかな」
「いえ。お休みです」
「予定はある」
「ありませんが」
「デートしよう」
 あ。夏休みだから、光流君がどこかに行きたいんだ。そう言ったら、二人だよと。

 これは夢かもしれない。
 でも今はそれでいい。
「はい!」
 満面の笑顔を向けると、彼は、
「じゃ明日」
 と残して去って行った――。
【了】

著作:紫草

NicottoTown サークル「自作小説倶楽部」より 2019年7月分小題【車】
Nicotto創作 List 『夏だけの恋じゃない』2
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