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『聖夜』

 今夜はイヴ。
 街中がクリスマスカラーに染まる夜。
 北風は駆け足で雪雲を連れ去り、星の瞬く漆黒の夜にイルミネーションの灯りが眩しく光る。昨夜から今朝まで降り続いた雪が、路地裏へと片付けられている。
 一日早かった雪、ホワイトクリスマスになり損ねた雪。
 それは今の私と重なった。
 大事な時を外してしまった私と同じ。

 みんながクリスマス狙いの合コンを仕掛け、私もそれに便乗した。
 何度目かの合コンで知り合った彼は、全然優しくない。それなのに…
「彼女いないよ」
 という言葉だけが、やけに耳に残った。
 彼女いないならクリスマスまでの彼になって。
 そんな私の言葉に、彼はあっさり頷いた。
 つきあってみると我が儘、自己中、独り善がり。そんな言葉がピッタリの人。
 でも、何か違う気がする。

 クリスマスに一人は嫌だ、それだけの男でよかった。
 一緒にいてくれるだけでいい、あとは何も望まない。
 合コンなんかで見つける男を、本気で好きになるわけなかった。
 優しくて、連れて歩く時優越感に浸れる男がいい。そう友達と話してた。
 なのに選んだのは、彼…。

 今夜、逢う約束をした。
 確かにした。
 だってイヴだから。
 どんなきっかけであれ、私たちはつきあっている。
 だから当然でしょ。
 そんな私の言葉に、彼は言葉をくれなかった。
 その日じゃなきゃ駄目だ、と言った私に「我が儘な奴」と一言だけ残された。

 今夜、私は彼に逢えるのだろうか。
 不安、心配、疑心暗鬼。
 どうしてこんな想いまでして、私は彼を待つのだろう。
 セントラルタワーズに造られたタワーズライツの周りには、恋人たちが集(つど)っている。
 どうして私は此処にいるんだろう。
 彼は今、何処にいるのだろう…。

 携帯に伸びる手を、無意識に引っ込める。
 だって出てくれなかったら。
 だって来られないって言われたら。
 だって、来るって聞いてない。
 だって、だってだって…
 今電話をかけてしまうと、今夜彼には逢えない気がする。

 大学生活も残り一年と数ヶ月。
 別れた人と再会した時、後悔した。
 恋人、特別な人のいない生活は、やっぱり寂しかった。ただ、それはこの人じゃない、とも思った。
 だから友達の誘いに乗った。
 何処にでもある居酒屋のチェーン店。彼も人数合わせに呼ばれたのだろうと、すぐに分かった。
 言葉数が少なくて、静かに飲むお酒。
 男友達と時折言葉をかわし、ほんの少し笑ってる人。
 場を盛り上げる人でない彼に目を奪われたのは、私だけではなかった。
 明美はいつも、はっきりモノを言う。
「女いる?」
 いきなり問いかけた。
 少しだけ間をおいて、いないと答えたその声に私は囚われたんだ。
「あんたいい男だけど難しそうだから、やめとく」
 暫くして明美はそう残して席を離れ、私はその後に座り込んだ。

「彼女いないならクリスマスまでの彼氏になって」
 彼は、いとも簡単に「いいよ」と答えた。

 あの時、確かにいいと言ったのに、どうして今私は独りなの…
 ガーデンには音楽が静かに流れ、腕を組み肩を組んで歩く恋人たちを何人も見送った。
 取り残される私。たった独りの私。
 イルミネーションの灯りが消えても、彼の姿はなかった――。

 冬の風が身に凍みる。
 午前0時の鐘は、どこから聞こえてくるんだろう。そしてクリスマス。
「逢いたい…」
 思わず言葉になった。
 でも、もうすぐ0時。
 彼との約束の時が終わる――。
【了】

著作:紫草

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