『クリスマスなんて…』

 街はクリスマス。
 私の心は極寒の、涙も涸れたイヴ。
『大事な話がある』
 と言われ、有頂天になっていた私――。

 ゆうべ。
 イヴのデートのしては(早いな)と思った待ち合わせ。
 そこには若くて綺麗な、彼の婚約者が待っていた…。
 咄嗟に取り繕う、私。
 何を云えばいいのか、なんて分からない。
 気持ちのない祝いの言葉を並べ立て、莫迦笑いして贈ってた。
『結婚しても飲みに行くから、これからはコイツも一緒だけど』
 そんな言葉を送られるなんて、最低。
 プロポーズを期待して、その場に向かった筈なのに大失恋のイヴ。

 ううん。
 少し違うかな。
 彼にとって私という人間は、ただの飲み友達でしかなかっただけ。
 よく考えると私たち、気持ちの確認したことなかった。
 二人きりで会っていても、友だちと一緒に会っていても同じだったんだよね。
 何となくデートしてるつもりになってたけれど、本命が別にいるって存在でもなかったんだ。
 いい年して手をつないだこともない、そんな恋人いないよね…。
 少し考えたら分かることだったのに、莫迦な私。
 全部都合のいいように解釈して、独りきりの夢の世界に浸ってた。

 人付き合いが下手で、言葉が足りないから誤解されて、それでも凄く恰好よくて。そんな彼を私だけが分かっている心算だった。
 お酒が強くて、周りが酔いつぶれても、いつも最后まで飲んでたよね。
『介抱しなくていいから、お前と飲むと楽だな』
 って。こんな言葉に特別を感じた私は何だったんだろう。
 9時を過ぎると、必ず何処かに電話をしてた。そんな姿を思い出す。
 きっと、あれが彼女への電話だったんだよね。仕事の電話に違いないと思ってた、おめでたい私。
 思い返すと一度だけ。変だな、と思うことはあった。女の話なんてしたことのなかった彼が、
『この歳で、ちゃん付けされるとコソバユイな』
 って。その時は“コソバユイ”って言葉に話が流れて、誰に言われたのか、誰も話題にしなかった。
 あれが彼女…。

 街はクリスマス。
 甘いイヴを過ごした後の恋人たちには、最高の余韻の日。
 日本は莫迦だよね。本当のクリスマスは今日なのに、イヴの方が大事だなんて。
 でも人のことは言えないか。私も昨日、あんな言葉を聞く前はイヴの方が好きだった。

 何かをする気力もない。ただ過ぎてゆく時間。
 泥棒でもいいから来ないかな。
 独りの夜は寒すぎる。
 何もなかったイヴ…
「クリスマスなんて、大嫌い!」

 その時、外から声がした。
 まさかホントに泥棒!?
「お〜い! 失恋女〜」
 何ですって!?
 でも、この声は知っている。全く、安アパートで騒がないでよ。
 涙で汚い顔、適当にぬぐって玄関を開ける。
「失礼ね! 近所迷惑でしょ…」
 そこには声のトーンとは裏腹な、飲み友達が立っていた。

「一緒に飲も」
 あんたが気まずそうにして、どうするのよ。
 部屋に上がってくると勝手知ったる他人の何とか。どんどん辺りが片付いてゆく。
 売れ残りのケーキは安くてラッキーだったよ、とか、チキンも割引になってたよとか、甲斐甲斐しく動く奴。
 いつもは絶対そんなこと、する奴じゃないのに。
 最後に好いワインがあったからと、もの凄く高いロゼをテーブルに置いた。

「知ってたの? 彼が婚約してたこと」
 背中にかけたその言葉に、動きを止めて頷く奴。
「いつ?」
 かすれた声は、どんな風に聞こえるだろう。
「去年のクリスマスにプロポーズしたって。何でも待ちぼうけくわせたらしくて、それで、まあ色々と…」
 と段々、語尾が虚ろになってゆく。
 待ちぼうけ!
 彼が!?
 信じられない。
 それだけでも私と彼女の違いを見せつけられる。

「失恋パーティは俺も同じだからさ。楽しく飲もうよ」
「あれ、誰かに振られたの?」

 刹那。
 振り返った奴の人差し指が、私の胸を貫いた――。

【了】

著作:紫草

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