続『クリスマスなんて…』

「ええええええええええええええええええええええええええ〜」

 という自分自身の叫び声が、二日酔いの頭に響いた。
 彼奴が、にやりと笑っている。
 ほっとけ、という感じ。
「じろじろ見ないで。何よ、一体」
「亮介のこと、言えないだろうと思ってさ」
 悪かったわね。
「どうせ、私も鈍いわよ。でも何にも言わないんだもん…」
 次第に言い訳じみてきて、しどろもどろになってきてしまうと言葉を攫われる。
「それは違う。俺は目一杯、意思表示してたから」
 と、胸を張られてしまった。
 意思表示。
 そんなものされてたって、私には届かなかったよね。
 だって私は、馬鹿みたいに亮介のことしか見ていなかったから。

「泣くなよ」
 私がグズグズ言い出すと、彼奴はその辺に放ってあったタオルを投げてよこした。
「とにかく飲も。今日は失恋パーティだから」
 そう言って、とっておきのロゼのコルクを彼奴は開けた――。

 早いもので再びクリスマスシーズンの到来だ。
 失恋を二人で乗り切って、私は亮介の結婚式にも出席した。
 後で分かったことが余りにも多過ぎて、みんなで鈍すぎると笑い合った。
 でも、どんなに後で分かっても、亮介の気持ちが最初から彼女にしかなかったことだけが確かだった。

 クリスマスのケーキと一緒。
 女も二十五を過ぎると、どんどん売れ残りと判断されてゆく。
 優秀な成績で学校を出て、優良企業に就職して、そして出世をしていても、ある年を境に売れ残り扱いとなる。社会というところは仕事が少しくらいできなくても、いい学校を出ていなくても、お嫁さんになることの方が大事らしい。
 そして最後通告。
 親からの見合い話と、栄転という名の転勤だった。

 三十年。
 何でこんなに頑張ってきたんだろう。
 こんなことなら、もっと若いうちに結婚してしまえば良かった。
 逃げ道、上等じゃない。
 でも今更、逃げ道すら残ってなかった。
 週に一度は会っていた飲み友達すら、一人減り二人減り、もう集まることもなくなった。

 そんな時だった。
 篠山亮介と、ばったり再会したのは。

 気付いたのは多分、私の方が先だった。
 一瞬、躊躇って背中を向けた時、声が聞こえた。
「朱実!? 朱実だろ」
 懐かしい、その声に反応せずにはいられなかった。
 もう純粋な好きという気持ちはない。ただ当時の甘い想いは思い出として心の奥底に残っている。
「お茶でもどう、急がしくなければ」
 暇に決まっている。
 転勤を打診され、よく考えてと外に出てきたのだから。
「酒の無い状態で朱実といるのって変な感じ。誘っても全然来なくなって。どうしてた?」
 彼の言葉は優しい。
 彼の奥さんも優しい。
 いつもホームパーティに誘ってくれて、でも行けなかった。
「いろいろ。転勤の辞令が出そうで、考えてくれって」
「何処?」
「札幌」
 すると亮介は突然、恐い顔をして黙り込んだ。
「もっかい言って」
「北海道の札幌」
 半分は自棄だ。
 行くと決めてないどころか、退社することすら考えているのに…
「お前、それ受けろ。きっと神様の計らいだ」
 何…!?
「彼奴が… 山岸が札幌の動物病院で働いてる」
 山岸って…
 いつの間にかいなくなって、あんなに好きだ宣言したのに音信不通になって、彼奴が札幌に居るって…
「きっとサンタからの贈り物だ。今年のクリスマスは名古屋には戻ってこないと言ってた。ちょうどいいだろ」
 どうしよう。
 彼奴のことなんて、すっかり忘れてると思ってたのに涙が出そうになってる。

「ここで泣くのは勘弁してくれ。ツリーが見てる」
 それを聞いて、思わず苦笑い。
 亮介は相変わらず、はぐらかすのが上手いね。

「それにどうせ泣くなら、彼奴の胸で泣いてやれ。失恋って笑ってたけれど想い切れなくて離れていったんだから」
 私は黙って頷いた。
 売れ残りのクリスマスケーキやチキンは割引だって言ってたっけ。
 今の私は何に見えるだろう。割引どころか、半値以下かも。

 でも、それもいい。
 彼奴なら、きっと笑って食べてくれるだろうから。
「そうよね、亮介」
「あゝ。今も、お前だけを愛してる」
 亮介はシステム手帳を一枚千切り、変わってしまった携帯の番号を書いてくれる。他にも住所と会社の電話と知っている限りの情報を書き写しているみたい。
 私はその破られた一枚の紙と亮介の言葉を聞いて、彼奴がどんなに大切だったかを思い知った。

 もし贈り物の話が本当だとしたら、それは今日亮介に遇わせてくれたことかもしれない、と少しだけサンタに感謝した。
 これで漸く私も本当に、クリスマスが好きになれそうな気がした――。
【了】

著作:紫草

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