失う恋

「もう帰れ。古都を泣かす奴と付き合う気はない」
 櫻木の言葉は、それまでの温かいものを失っていた。
「あ〜やっぱり、そういう反応ですか。いつまでも横恋慕って見苦しいですよ」
 紗都は、そんな捨て台詞を吐きながら立ち上がる。
「分かってないな。お前は古都を分かってない。表面だけ見て古都を苛めるなら、俺はもうお前を助けることはしない」
 紗都は櫻木の目の前で服を脱ぎ捨て、制服を着た。
「櫻木先輩、さようなら。もう二度と声をかけたりしなくていいですから」
 そう言い残し、紗都は帰った。
 櫻木は送って行くことすらできなかった――。

 一時間ほどして、漸く二人が戻ってきた。
「大丈夫か」
 古都は、洸の前でだけ泣いてきたのだろう。真っ赤な瞳は隠しようがない。
「あれ。彼女は」
「帰った」
 古都が驚いて、顔をあげる。
「俺は、古都のファンだから。古都を苛める奴とは付き合わない」
 結構、かっこよく言ったつもりだった。それなのに…
「莫迦。お前、彼女のこと、好きだったんだろ」

 洸の言葉が胸に刺さった。
 うるさいな。
「あゝ、そうだよ。でも俺には、恋人未満な女より古都の方が大事なんだ」
 そう叫ぶと、沈黙が訪れた。
「携帯。携帯に連絡して。私、捜してきます」
 やめろ、と古都の腕を掴んだ。
「でも…」
「冷静になれ。言ったことが本当なら、お前の父親は彼奴の近くにいる。俺はもう関わらない」
 確かに好きという感情はあった。
 古都への気持ちは友情に変わっている。
 でも、人間として紗都より古都の方が大切なんだ。
「分かった。もう言わない」
 洸の言葉に古都も従った。

 その後、学校で紗都を見ることはなくなった。
 ばたばたしているうちに受験シーズンとなり、櫻木は彼女のことを頭の中から消去した。
 そして二年――。
 同じ大学に紗都が入学したらしい、と噂を聞いた。
「冗談だろ。彼奴の偏差値では無理だろう」
「金にものを言わせて、科目別に家庭教師を雇ったって。同じ大学といっても法科や医学部じゃないからな。気をつけろよ。いろいろ言ってるらしいから」
 同じ高校出身の渡辺が、そう教えてくれた。
 いろいろって何だよ…
 学部も違って学年も違う。そうそう会うもんでもないだろう。
 櫻木は頭を振り、キャンパスを歩き出した。

 …そっか。
 待ち伏せって手があったな。
 目の前に、二年振りに見る紗都の姿があった。
「お久し振りです、櫻木先輩」
 そんな言葉を吐く紗都の脇を、無視して通り過ぎた。
 すると背中に声がする。
「私、先輩のこと諦めませんから――」
 多くの学生に後ろ指を指された気分だ。
 二度と関わらない。
 その決心は変わらない。
「あれ何?」
 同じ学部の岡崎啓子に、変な顔をされている。
「ほっとこう」
 彼女の肩を抱き歩いた。紗都の声が聞こえないところまで、とっとと立ち去りたかった。

著作:紫草

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