大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
人の住む京(みやこ)と呼ばれる場所からは、少し離れた処。それでも離れきれない場所に、その郷は在った。
小さな集落が幾つか在り、その集落をまとめる村があり、その村を連携する位置に長(おさ)がいた。その長の近くにいる者が、人より怪しい者に近かった。
何をするという訳ではない。人と同じように暮らしているだけだ。
それでも人は彼らを嫌う。
醜いものはただ醜いというだけで罵られ、怪しい力を使うものは人ではないと突き放される。
そして人には在り得ぬ程の美しさを持つ者は、その美しさ故に恐れられた。
どんな者にも心はあるというのに、彼らにも心はあるというのに…
そんな心に負った傷を、長と“おばあ”は聞いてやる。
人に危害を加えぬように、人と争いを起こさぬように。
「郷は郷だけでは生きてはゆけぬ。少しだけ人様からの恵みを戴いて、それに見合ったものを返しながら、わし等は生きてゆくんじゃよ」
おばあの言葉は心に残る。
「みなも辛いだろうが人と争ってはならんよ。人は弱いから、すぐに死んでしまうからの」
死ぬ。
その言葉は獣には届かない。
でも彼らは獣ではない。彼らも、いつかは死ぬ寿命のある生き物だ。
どんなに醜い姿でも、どんなに禍々しく美しくとも…
「おばあ。今夜は、これくらいでいい」
「そうか。みなも、もう休め」
口々に夜の挨拶をし、散ってゆく親のない子供たち。
「露智迦。そろそろ、この役目も、お前に譲ろう」
「ああ」
禍々しいほどの美しさを、その微笑みに湛えながら彼は頷いた。
「迦楼羅は、どうしている」
「まだ眠ってる」
そうか、と残し、おばあは去った。
神話の神は、どこにもいない。
それを一番知っている、人と魔物の境界線に存在する郷である――
眠る迦楼羅。目覚めぬ迦楼羅。そして彼女を看る露智迦。
何故、眠るのか。
何故、目覚めぬのか。
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】