大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――

『思ひ出語り/地上界6』
サクジン1

 上から見ていると、人界は小さい。
 しかし、どういうわけか。人は生きとし生けるものの中で、一番優れているのは人だと思いたがる。
 人は平凡な我らだと。我らこそが優れていると。
 それなのに病に倒れたり、家が壊れたりと困った時だけ山を登る。
 醜い者、目に見えぬ力を持つ者を蔑むくせに、自分たちの都合に従い寄り添ってくる。
 後に“役の行者”と呼ばれた小角は、そんな人も受け入れた。手に余る赤子が産まれると、村の入り口…結界の狭間に捨ててゆく。そんな赤子も受け入れた。
「きっと死なせることができなかったから。だから我等に託したのだよ」
 長老はそう云って、村に引き取り育てた。
 我等も同じ人だから、と。少しばかり寿命が長いというだけだと。そして手を差し伸べ助けてやる。

 人の暮らしに必要な物は、時に村にも必要になる。
 とある日。村でも一番賢い男が都へと下りた。
 すっかり顔見知りになっている店へ行き、必要なものを買い求める。そして暫しの雑談と、最近の都の様子を聞き休む。
 その姿を見ていた娘がいた。
 親のいない娘。懸想した相手が怪しき者だと気付かぬ娘。
 彼女は男を追って来た。
 都を離れ怪しい山へと近づいても、決して帰ろうとはしなかった。
「何故、付いてくる」
 とうに気付いていた男が問う。
 しかし娘は答えない。
「付いてくるな。お前のような人の来る処ではない」
 そんな男の言葉に首を振り、距離を縮めて寄ってきた。
(来る者拒まず…か)
 男は、小角の言葉を思い出し、
(どんなことになっても、知らないからな)
 と、ほくそ笑む。
 そして娘の手を取ると小川に掛かった橋を渡る。
 それが人と自分たちを分ける結界の川であり、人は無意識に川を避ける。娘は男に手を引かれ躊躇せずに結界の中へと入っていった。
 この二人の出会いこそ、郷の未来を左右するものとなってゆくのだが――。

 それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】

著作:紫草


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