大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
上から見ていると、人界は小さい。
しかし、どういうわけか。人は生きとし生けるものの中で、一番優れているのは人だと思いたがる。
人は平凡な我らだと。我らこそが優れていると。
それなのに病に倒れたり、家が壊れたりと困った時だけ山を登る。
醜い者、目に見えぬ力を持つ者を蔑むくせに、自分たちの都合に従い寄り添ってくる。
後に“役の行者”と呼ばれた小角は、そんな人も受け入れた。手に余る赤子が産まれると、村の入り口…結界の狭間に捨ててゆく。そんな赤子も受け入れた。
「きっと死なせることができなかったから。だから我等に託したのだよ」
長老はそう云って、村に引き取り育てた。
我等も同じ人だから、と。少しばかり寿命が長いというだけだと。そして手を差し伸べ助けてやる。
人の暮らしに必要な物は、時に村にも必要になる。
とある日。村でも一番賢い男が都へと下りた。
すっかり顔見知りになっている店へ行き、必要なものを買い求める。そして暫しの雑談と、最近の都の様子を聞き休む。
その姿を見ていた娘がいた。
親のいない娘。懸想した相手が怪しき者だと気付かぬ娘。
彼女は男を追って来た。
都を離れ怪しい山へと近づいても、決して帰ろうとはしなかった。
「何故、付いてくる」
とうに気付いていた男が問う。
しかし娘は答えない。
「付いてくるな。お前のような人の来る処ではない」
そんな男の言葉に首を振り、距離を縮めて寄ってきた。
(来る者拒まず…か)
男は、小角の言葉を思い出し、
(どんなことになっても、知らないからな)
と、ほくそ笑む。
そして娘の手を取ると小川に掛かった橋を渡る。
それが人と自分たちを分ける結界の川であり、人は無意識に川を避ける。娘は男に手を引かれ躊躇せずに結界の中へと入っていった。
この二人の出会いこそ、郷の未来を左右するものとなってゆくのだが――。
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】