大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
天界。
いつか見た姿とは随分違っている。
ジュラは天界に下り立った瞬間、本能的にそう感じた。
何が違うんだろう…
あゝ、そうか。
色だ、色が違う。
空が夜の色をしていない。
以前は、ちゃんと時間に合わせて空の色も変わっていったのに、今はくすんだ鈍色だ。
思わず、浮島の方角へ目を向ける。
しかし、そこだけは相変わらず月が見えているように在るだけだ。その月に暫し安堵する。
≪行こう、ジュラ≫
天界へ来たのなら天帝に会うのかと思っていた。
しかしサラが向かったのは、浮島だ。
「いいのか。天帝の所へ行かなくても」
≪行っても、話はない≫
そう云って彼は浮島へと続く道を飛んだ。
≪久し振りだな≫
最初に、白虎の声が聞こえてきた。
「お久し振りです」
≪仮面は必要なくなったようだな≫
謝らなければならないと思っていたのに、先に云われてしまった。
「大変役に立ちました。その節は、本当に有難うございました」
そう頭を下げると、白虎は何も云わず自分を見ている。その視線は、あまり居心地のいいものではなかった。
彼は、何も云わず体を島の奥へ向けた。
白虎はリューシャンの家へやって来た。
以前、来た時と何も変わらない。ここだけは今も、彼らの思念が残っているようで気持ちが和んだ。
≪ジュラ。今の天界には要がない。要の部屋を改めて作り直し、その中央にサクジンを配し麒麟の力を借りている。お前、竜になったそうだな≫
その言葉にジュラは暫し、逡巡した。
竜になった、と云われても、肯定する気にはならなかった。
≪自覚なしか≫
「いいえ。分かってはいますが、今はまだ何も考えずにいたいので」
そう言って白虎に背を向けた。
≪此処が消えても同じことを云えるか、リューシャンの愛した浮島も消えるぞ≫
その言葉に思わず、振り返った。
今、何と云われた。
≪天界の不安定さはジュラにも分かるであろう。リューシャンとザキーレを失った時から少しずつバランスが崩れ始めたようだ。ただ天帝に維持神は力を貸さない。ならば玄武の力か、黄竜の力が必要だ≫
「それで俺を呼んだんですか」
≪サラが黄竜の座を譲るには、まだ間があるだろう。それまで天界にいてくれまいか。さすれば地上界での黄竜の役目を終えた後、魂をやろう≫
驚きは限度を超えた。
言葉も出ない。替わりに、サラが聞いた。
≪魂って、そんなことができるのか≫
≪普通なら無理だ。しかし今回だけ、珍しく神が動いた。一つだけ魂を下さる。誰に与えるかは我に預けられた≫
神…
それは何を司る神だろう。
≪人としての魂をもらう。その代わり、サラが呼ぶまで天界を頼む≫
白虎が人型を取り、頭を下げた。
相変わらず若いままに見えるその姿だが、寿命は確実に近づいてきていると云う。彼の老いも天界の不安定に少なからず影響があるのだとジュラは考えた。でなければ、四神の立場でありながら、ここまで関わったりはしない筈だ。
「迦楼羅の近くにいたいのだろう。それだけが望みだと聞いたが」
あゝ、そうだ。
迦楼羅の許にいたかった。
人として、彼女と暮らしたかった。
それが叶うのか…
「輪廻転生。六道の果て、いつ巡り遇うかは運命だが」
それでもいい、とジュラは思う。
儚い夢を追うことを知った。叶わぬ夢は虚しいだけだということも知った。
しかし今、その夢は可能性を秘めたものに変わる。
「分かりました。一つだけ、聞いてもいいですか」
白虎は黙って頷いた。
「神とは、誰です」
「ブラフマー神だ」
その衝撃は、サラをも同じように襲った。
創造神ブラフマー。
何億年もの星の廻りにさえ、姿を現すことのない神が具現化された――。
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】