『愛花』
「どうしたんですか、二人で飲むなんて。ちょっと驚きました」
愛花は、食卓を囲んで漸く、その言葉を口にした。
そして大崎は、初めて、これは夢ではないと実感した。
「昨日、K大の横山教授のところで会ったんだ。で、誘った」
篠山の言葉は、簡潔で分かり易い。自分じゃ、こうはいかないと大崎は思う。
この人、いくつなんだろう。
大崎の視線が、それを物語ったのか。愛花がクスッと笑う。
「何?」
篠山が大崎を見た。
「篠山さんって、俺より年下ですか?」
何となく、聞いてみた。目の前で二人が顔を見合わせている。
「上ですよ。確か、五年くらい上です」
「五年かぁ、なのに凄い大人ですね」
大崎は、昨夜一晩飲み明かしたせいで、何だか、すっかり毒気を抜かれてしまったような気がした。今なら、何でも素直に聞けそうだ。
「愛花、俺のこと、少しは憶えてる?」
「勿論。私の初めての男です」
刹那、はっきりと目が覚めた。
「愛花、結婚は?」
「してますよ」
「子供もいるの」
「子供は…」
なんだろう、答えに迷いがある。
篠山が、どうした?という顔をする。すると、愛花の瞳がニヤリと笑う。
「いますよ。お腹のなかに」
そう云い終った愛花の言葉を、ひったくるように篠山が叫んでいる。本当か、と。
そっか、知らなかったんだ。
大崎は、そう呑気に考えた。
しかし、事の真意には全く気付いていなかった。
愛花のお腹に宿るのは、篠山その人の子だと云う事に。