『愛花』

その16 愛花

「どうしたんですか、二人で飲むなんて。ちょっと驚きました」
 愛花は、食卓を囲んで漸く、その言葉を口にした。
 そして大崎は、初めて、これは夢ではないと実感した。
「昨日、K大の横山教授のところで会ったんだ。で、誘った」
 篠山の言葉は、簡潔で分かり易い。自分じゃ、こうはいかないと大崎は思う。
 この人、いくつなんだろう。
 大崎の視線が、それを物語ったのか。愛花がクスッと笑う。
「何?」
 篠山が大崎を見た。
「篠山さんって、俺より年下ですか?」
 何となく、聞いてみた。目の前で二人が顔を見合わせている。
「上ですよ。確か、五年くらい上です」
「五年かぁ、なのに凄い大人ですね」
 大崎は、昨夜一晩飲み明かしたせいで、何だか、すっかり毒気を抜かれてしまったような気がした。今なら、何でも素直に聞けそうだ。
「愛花、俺のこと、少しは憶えてる?」
「勿論。私の初めての男です」

 刹那、はっきりと目が覚めた。

「愛花、結婚は?」
「してますよ」
「子供もいるの」
「子供は…」
 なんだろう、答えに迷いがある。
 篠山が、どうした?という顔をする。すると、愛花の瞳がニヤリと笑う。
「いますよ。お腹のなかに」

 そう云い終った愛花の言葉を、ひったくるように篠山が叫んでいる。本当か、と。
 そっか、知らなかったんだ。
 大崎は、そう呑気に考えた。

 しかし、事の真意には全く気付いていなかった。
 愛花のお腹に宿るのは、篠山その人の子だと云う事に。

著作:紫草

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