『祭囃子』

第一章「冬祭り」

5

 少し人の波が収まった頃、私たちは再び歩き始めた。一番奥に祭ってあるというお社へ向かう為だ。
 やがて現れた小さなお社に掌を合わせていると、
「何を頼んだの?」
 と聞かれた。
「光人の病気が早く治りますように」
 光人は小さく溜息をついて、
「それしかないのか?!」
 と。
「悪かったわね、世界が狭いの。そういう光人は?」
「俺がいなくなっても、夕子が幸せになりますように」
 刹那…言葉を失った──。
「夕子、俺が死んでも実家には知らせるな」
 それは、あまりに唐突な一言だった。私は思わず、その場に立ち尽くしてしまった。
「俺、もう長くないんだろ。気にしないで云えよ」
 頭の中で、何かがぐるぐると動きまわっている。あらゆる細胞使って必死に言い訳を捻り出し、乾いた喉の奥から無理矢理言葉をつむぎ出す。
「莫迦莫迦しい。あんまり変なこと云って驚かさないで。呆れ過ぎて言葉も出ない」
 何があっても隠し続ける、と心に決めたあの日、光人を知ったあの時から私には他の道は残されてはいない。そんな私の思いを知ってか知らずか、光人は私を残しお社を離れていく。
 帰り道、私の前を歩く光人が独り言のように呟く。
「俺は夕子にベタ惚れだからな。最期まで騙されていてやるよ」
 そう云って振り返る光人は、相変わらず極上の笑みを湛えている。
(そんな綺麗な顔して、凶悪に笑ってんじゃなーい!!)

 その場に私を残し、光人がゆっくりと歩いて行く。
 どのくらい彼の後姿を眺めていただろう。暫くして彼は振り返り私に左手を差し出してくれる。それを見て、私は小走りに彼の許へと追いついた。そして腕を組み彼の匂いを感じる。
「ベタ惚れ?! その割には愛が足りないと思うわ。変なことばっかり云って私を困らせるしさ」
 クスッ、と光人が笑う。
「まだ足りないのか? だから結婚しようって云ってるだろ」
「駄目。結婚は本人たちだけじゃ決められないのよ。誰もいない私と違って光人には家族がいる。ちゃんと許して貰わなければ絶対駄目!」
 光人が小さく溜息をついて、
「相変わらずのお答え有難う。夕子は家族に夢を持ってるからな。普通の家族になりたいなんて、そんな事云った奴初めて見た」
「仕方ないわ。戦争で何もかも失くしちゃったもの。世の中はやっと貧乏から抜け出していろいろ変わったっていうけれど、やっぱり慣習は残っている。それを無視して大人になったからって勝手なことしたら、きっと後悔すると思う」
 言い終わるか否かで、歩みを止める光人。
「いないも同然の家族でも、か?」
「また光人はそんなことばっかり。本当は家族に会いたいでしょ?!」
「否、家族は夕子だけだ!」
 ひどく寂しげに否定をする光人の眼は真っ直ぐに私を見ている‥

著作:紫草

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