『祭囃子』
11
───四月十二日。数学準備室。
ガラッと音がして若菜が入ってくる。呼び出したのだ。思い切り職権乱用ってやつだ。その時俺は窓際にもたれかかっていた。
何か違う気がする。
その答えが漸く見つかった。
「全く仕様がないなぁ。本人です。間違いありません」
若菜はそう云うと編んでいた髪の紫のリボンをほどいた。腰まで届く黒髪がバサッと音を立てなびいた。何ともいえない香りが辺りを包み込む。香水じゃなかった。いつも何の匂いだろうと思っていた。これは若菜自身の匂いだった。
そうだ、やっぱり若菜だ。そして俺は若菜を愛している。
「もう駄目だ、Kissするぞ」
そう宣言して一歩、また一歩と若菜に近づく。若菜も、何も云わずその場にたたずんでいる。
「先生」
「宝雪。宝物の宝と吹雪の雪と書いて宝雪」
「たかゆき…」
俺は迷わず若菜を抱き寄せた。骨がきしむ程強く抱き締めた。人をこんなに愛おしいと感じたのも初めてだった。教師を辞めてもいいと思った。
もう待てない。