連れ去られしガーネット。
日本名、柘榴石。
どんな秘密が隠れていようか。
夜であるにもかかわらず、星の瞬きの眩しさを感じる空であった。
永い刻を過ごした場から連れ出され、温もりを感じながら闇ではない夜の光を浴びる。
我は今、何色に見えているのであろうか。深紅の先に白い羽が見えた――。
自己の意識を持った始まりは、優しい問いかけであった。
美しい女性の写真を眺める男の手に取られ、彼女の許に在っても輝いてくれるだろうかと話す。部屋の灯りに映る我は、深紅の輝きで男を魅了する。
彼は空想の世界に生きる者であった。日々、様々な世界を旅し文字に起こす。我はその瞳に捉えられるたびに、不思議な世界を共に旅した。
とある日の朝。
机にまで届く陽光に、我を見た彼は力強く握りしめる。
「何だ! これは」
すぐさま箱に戻され、売られたであろう店へと連れられる。そこで出された我は、再び深紅に輝いた。
「何が起こっているというのだ」
彼の書く科白のままの、驚きが相貌に浮かんでいた。
店主が云う。
「これはカラーチェンジガーネット。素敵なお嬢さんへの贈り物になると思いますよ」
男は、再び我と共に自宅へと戻る。しかし、その道すがら流れ込んでくる感情はそれまでのものとは違っているような気がした。もしかすると我はあの時、写真の女性のものに贈られる筈だったものを断念されたのであろうか。
男は迷っている。何を悩む。それが不安を呼ぶ。そして幾星霜とも思える時が流れていった――。
暫く箱から出されることのなかった我だが、久方振りに陽の光を見た。そこは獣の形をした石の彫刻の隙間であった。長年の風雨にどうやら箱が風化したようだ。
我を買った男はすでにない。当然だ。
男の城ともいうべき屋敷は廃墟と化し、いつしか子どもの遊び場となった。そして隠れ家のような秘密めいた空間として集う子どもが絶えることはない。
子どもたちの声は楽しい。
とある日、ふと我は音を紡いだ。人の聲のようなものが辺りに響いた。
――昔、ここには誰が棲んでいたと思うか。
そんな問いかけのような話に、子どもたちの耳が傾き始めた。幾人の子どもがやってきて、やがて入れ替わり、また再び訪れただろうか。
「ライオンさん。お名前は何ていうの?」
ある日、彫刻と間違われた我は訊かれたそれにデモンと名乗った――。
子どもたちは魅力的だ。
この不思議な話を決して大人たちに漏らそうとせず、やがて自らが大人になると生まれた子にまた此処を教えてやっているようだ。そして、その連鎖は永遠に続くのだろうと思っていた。
陽光に照らされ、月明りに蔭を見る。
カラーチェンジガーネット。別名、柘榴石。血の滴るような柘榴の実を思い起こさせるような赤に輝くには、電光が不可欠だ。しかし再び、電光の許に輝くとは思ってもみなかった。
このまま、この彫刻の奥に石の砕ける寿命まで風雨に晒されながら子どもらと共に在るのだと思っていた。
深々と更ける闇夜。一際、大きな羽ばたきの音を聞く。
我は意識を覚醒させ、何事かと様子を窺う。石のライオンに、一羽の純白の翼を持つ鷲が留まっていた。
『こんな処に、また珍しい石が隠れているものだ』
白鷲だと思っていたら、人型になって我を取り出す。
月も出ていない夜に、よく見つけられたものだ。ライオンの足が少し脆くなり、欠けていたお蔭だろうか。
男の唇が我に触れ、囁かれる。
『俺に盗まれる為に、此処に居たのかもしれないな』
我の中心に温かさが宿る。
『お前、名は……』
――デモン。
彼は見開いた瞳を、我に向ける。
『そうか。お前があの伝説のデモンだったか』
ならば、共にあろう、と告げられる。宝石は売り捌くだけが能ではない。そして真実、愛する石たちは手離すことなく身近に置くという。
妖しく惑わす輝きは、次は誰のために輝くだろう。
伝説と呼ばれた我、グレナート・デュ・デモンは、その白鷲と共に飛び立ち再びの伝説を紡ぎ出す――。
【了】