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♪カラ〜ン
耳に心地好い、鈴の音が店内に響く。
表には、本日貸切のプレートが出してある――。
近くで結婚式を挙げる友人カップルが、このカフェで二次会をしたいと言いだした。当初は、席数も少ないこの店を会場にするのは無理だと言った。
それでも「厳選した友達十人だけでいいから」という婚約者である彼女の言い分を聞き、更には夜の三次会を大きな会場にすることで話を進めることにした。
この店のマスターに、最初に話をしに来たのは自分だった。
まずは普通の客として入った。
店内の雰囲気や、どんな人が働いているのかとか、色々見てから決めようと思っていた。いくら婚約者どのの頼みだからとはいえ、友人の立場から見て駄目なものは駄目と言う心算だった。
「ご注文は何にいたしましょう」
水を運んできた男が、ありきたりの科白を言う。
「珈琲とケーキを適当に見繕って欲しい」
我ながら、かなり意地悪な注文の仕方だ。
しかし男は、かしこまりましたと下がっていった。
正直、ちょっと拍子抜けした感じだった。もっと根掘り葉掘り聞いてくるのかと思っていたのに。
暫くして男は、普通よりも小振りなケーキを数点、皿に盛って運んできた。
「初めてのお客様ですので、どうぞ、お好きなものをお選び下さい」
その言葉に、引っ掛かった。
「僕が初めてだと分かるんですか」
「たぶん。一度お見えになったお客様の顔は、大体憶えていますので。それに男性のお客様は珍しい」
そう言って笑った男の顔に、彼女が何故この店を選んだのか。何となく理解できたような気がした。そして、それを嫉妬とかではなく友人も認めている。
「失礼ですが、貴男が責任者ですか」
「オーナーは別にいますが、一応管理の全てを任されています」
平日の午前中、変てこな質問をするスーツ姿の男を別の意味で訝しがるかと思った。
しかし彼は、そんな素振りも見せずはっきり返答する。
『文句のつけようがない』
確か、友人はそう言わなかったか。
あの言葉の意味が、漸く理解できた。
「折り入って、お願いがあって参りました。こちらのお店を貸し切ることはできますか」
席を立ち、頭を下げて言葉を選んだ。
「詳しい話を聞く必要がありますね」
「勿論」
俺は、彼に席を勧めようとして、やんわりと断わられたことに気付いた。詳しい話を聞いている暇などない、と暗に語っている。
今、彼は仕事中だ。自分は客。他にも親子連れや、若いカップルが多く入店している。
「今晩、お時間とれますか」
一旦、テーブルを離れた男がコーヒーカップを運んできた。そして告げる。
「今夜、七時半過ぎに改めてお越し下さい」
と。
それからは静かに彼の仕事振りを観察しながら、盛ってもらったケーキを平らげた。
もう、この店以外の二次会はありえないと思っている自分がいる。まんまと乗せられたようで癪に障る気もするが、事実なので仕方がない。
甘いものに目がない自分は、結局、ケーキと珈琲のお代わりをして店を出た。
待っている、とは言われなかった。
もしかしたら貸し切る場所が、別に見つかるかもしれない。そんなことも考えたのだろうか。
夜の約束には、まだ果てしない時間がある。まずは今できる別の準備をしてやろうと、厳選する十人のリスト作りを始めることにした――。
【了】