『水に流れよ 水に命を』番外編

「花開く」3

Last

「あの、ごめんなさい」
「いや、こちらこそ悪かった。でもキスして引っ叩かれたのは初めてだよ」
 自慢かよ。
「何か」
「いえ、本当にごめんなさい。まだ痛みます?」
 赤くなった頬を冷やしながら、タオルを持ってきた副会長がクスクス笑いっぱなしでいるのを睨む。
「それで、こんな痛い思いまでして断わられたのか」
 今度は京極菖が、副会長を睨んでいる。
「あ… いや、別に断わったわけじゃなくて、びっくりして、つい手が…」
「で、結局、断わるんだろ」
「桔梗!」
 ききょうって、何? もう嫌!
「俺、副会長って名前じゃないから。藤村桔梗、よろしく」
 そう言って握手を求められている。
 摩子が右手を差し出すと、菖がその手を奪っていく。
 何するのよ、この人は。

「摩子ちゃん。もし菖が心底嫌でなかったら、つきあってくれないかな。こんな菖見るの初めて。だから、きっと本気だと思うよ」
 そう言って、藤村桔梗と名乗った副会長は出て行ってしまう。
「無理するな。人から本当に好かれるとは思ってない」
 副会長が出ていくと、掴んでいた手を離された。
「それ、どういう意味?」
「俺に寄ってくる人間は、京極の名前や権力が欲しいだけだ。愛情なんて御伽話は、求めてはいけないものだ」
「じゃ、さっきのは何だったの?」
「それは…」
 沈黙が流れる。

「もう、じれったいな。好きになったんでしょ、私のこと。だったら、はっきり言えばいいじゃない」
「でも、叩いたじゃないか」
「いきなりキスなんかするからでしょ。初めてだったのよ」
 えっ、っと菖がたじろいだ。
「初めて!?」
「世の中の女の子が、みんな此処にいる子みたいだと思ったら大間違いよ。少なくとも私は、ファーストキスは好きな子としたいと思ってた」
 ごめん、という小さな声が辛うじて摩子に届いた。
「聞こえない。謝るなら聞こえないと、言ったことにはならないの」
 そんなことも知らないの? と背を向けた。
「好きなんだ。どうしてか分かんない。女なんて信じられないと思ってたのに、摩子だけは別みたい」
 背中に菖がおでこをのっけてきた。
 重いよ、と思いつつ最初に会った時の、とぼけた顔を思い出した。
「分かった。つきあう」
 ところが摩子の言葉に、菖が溜め息をつく。
「無理じいするつもりはないんだ。告白できただけで嬉しいから」
「莫迦ね。こういう時にキスするものよ!」
 摩子が振り向き、菖の首に腕を廻す。
 いいの? と言う言葉に黙って頷いて、
「今度が、ファーストキスってことで」
 と微笑んだ。
【了】

著作:紫草

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