『水に流れよ 水に命を』番外編

「花開く」2

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「ね〜 あの壇上の男子生徒って誰? 髪の短い方の人」
 平摩子は体育館に整列し座った席から、すぐにさっきの男を見つけられた。
「し〜! 彼は京極菖様。生徒会長よ」
「ふ〜ん。偉い人なんだ」
「当たり前でしょ。菖様を何だと思ってるの」
 周りからジロリと睨まれた。
「声大きいよ」
「あなたが悪いんでしょ。菖様を馬鹿にするみたいに…」
 もう分かったから、と前に座るクラスメイトにお礼を言った。
 菖様だって。ばっかみたい。
 やっぱり、ここは別世界。再婚した親から逃げたくて受験したまではいいけれど、どうして合格したのか、さっぱり分からない。
「やっぱ、地元の高校行った方が良かったかなぁ」
 静かに、という教師の声に小さくなった摩子だった。

「平さん、廊下で藤村さんが呼んでるわ」
「って、誰?」
「生徒会の副会長」
「そんな人、知らないよ」
「とにかく、行って」
 はいはい、と返事をしながら廊下に出る。
「あ」
 入学式で京極菖の隣に座っていた人だ。
「呼び出したりして申し訳ない。京極が呼んでいる。来てもらえないかな」
 その言葉に奇声が上がったのは、摩子ではなく教室の中だった。

「平摩子さん、高校からの編入組。成績はドンジリ。これでよく合格できたな」
 理事長室の応接セットに京極菖と向かい合って座っていた。
「大きなお世話よ」
 自分でもそう思ってるとは言えなかった。
「話がある」
 京極菖が、やけに真面目そうな顔をして話し始めた。
「何?」
「回りくどいの嫌いだろ。だから、はっきり言う」
「それが、もう回りくどいよ」
 言いながら出されたオレンジジュースに口をつけた。
「俺と、つきあって下さい」

 次の瞬間、摩子は思いっきりジュースを噴き出していた。
「わぁ〜 ごめんなさい!」
 持っていたハンカチで、オレンジに染まったシャツを拭く。
「駄目だぁ、ふくだけ広がっちゃう」
「お前といると、こんなんばっか。でも、楽しそうだから」
「京極菖様、私が馬鹿だと思って遊んでます?」
「とんでもない。生まれて初めて、ちゃんと交際を申し込んでる」
 そして動かしていた手を取られ、引き寄せられてキスされた。
「ちょっと何するのよ!」
 頭で考えるより早く、右手が顔面ヒットした。

著作:紫草

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