『水に流れよ 水に命を』番外編

「花開く」1

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 その知らせは、入学式早朝。
 正に戦場のような慌しさの中、理事長室に届けられた。
「新入生が港で、船に乗せろと騒いでおります」
 此処、いにしえの郷に於ける全支配権を持つ京極菖は、耳を疑った。
「今日、船はない筈だ」
「はい。それが港の者が本日全船欠航の張り紙を時刻表に貼り忘れたようで、その生徒は最初から、その時刻の船に乗るつもりだったと」
 菖は思い切り馬鹿にしたような目を見せた。
 報告に来た倍の年にもなろうかという男の方が、恐縮してしまっている。
「如何致しましょう」
「どういうことであれ、こちらに落度があったと言うだろう。船を出しここへ連れて来い」
 それだけ言うと菖は再び書類に目を通し始めた。
(それにしても、今日来るつもりだっただと。入学式要項を読めば、今日船がないことくらい分かる筈。もしかすると偽者かもしれないな)
 菖は頭の片隅で、そんなことを考えていた。

「連れて参りました」
 入るように言い、開けられる扉を凝視する。
「ちょっと!船の時刻表が出てるのに、船が出ないなんて私のせいじゃないわ。それなのに如何にもなオジサン達が、私が悪いから入学式を諦めろなんて許せない。私はプリントを失くしたから教えて欲しいと電話を入れたわ。それをたらい回しにされた挙げ句、切られたのよ。高い電話賃払って何度も掛けられるわけないじゃない。だから、今日の時間に間に合うように港へ行ったのよ」
 それは凄い剣幕だった。
 さすがの菖が呆気にとられ、口をあんぐりと開けていた。

「ちょっと、ね〜」
 女生徒の問いかけに、はっとして言葉を探す。
「えっと、あの…」
「はっきりしない男ね。何が言いたいの?」
 思わず笑ってしまう。この京極菖に、怒鳴り込んでくるとは。
「すまなかった。入学式には間に合うよ。僕が行かなければ始まらないから」
 その女生徒が初めて、訝しい顔を見せた。
「えっと… あなた誰!?」
「京極菖。君と同じ一年生だ」
 そう言って背もたれにかけてあった制服の上着を取って、着て見せた。
「嘘…」
 今度は女生徒の口が、あんぐりと開いていた――。

著作:紫草

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