寮では諸事情を考慮して、愛実の出た後そのまま一人で残っていた桃子の部屋に、和樹が入ることとなった。
捜しまわっていた桃子が同じ寮にいたという事実を改めて知ると、和樹は自分の考えの足らなさに思い至った。
「こんなだもん。間違うことばっか、しちゃうんだよね」
「もう間違わないでしょ。人は成長するんだよ。分からないことがあったり困ったことがあったりしたら、慎一郎君が守ってくれるよ。ね」
和樹の顔が、薄紅色に染まる。
(もう大丈夫だね)
桃子は胸の奥で、そう呟いた。
いたる所にある桜の木が、すっかり葉で覆い尽くされた頃、菖は事後承諾の形で今回のことを良之介に伝えた。
状況から見て菖のとった行動に感謝こそすれ怒ることはなく、詳しい事情を知った良之介は、岳を引き取ることにした、と話した。
ルナは組織には知らせず、ずっと罪滅ぼしだと思って岳の面倒を見ていた。ちゃんと私立高校にも通わせていた。
最近、昔のことと今とが結びつくようになったらしく、良之介が専門の医師に診せると殆ど回復したようだった。
ルナは、自分が戻ると迷惑がかかる、と良之介の誘いを断わり「もし、よければ」と自分の代わりに岳を可愛がって欲しい、と泣いた。
良之介は、きちんと養子として引き取ると告げ、時折会いに来いと話した。姿がどんなに変わろうと、我が子には変わりはないのだからと。
そして。その子が育てた子は、孫も同じだとも。
暫くして桔梗は、本土で就職していた小平愛実から、小学校時代の彼と再会したという連絡を受けた。
「桔梗に言われて、莫迦みたいだと思いながら、ホントにその人より好きな人が現れなかったから、ずっと待っちゃった」
と愛実は電話口で泣いていた。
「そう」
相変わらず、桃子以外への言葉は少ない桔梗である。
でも愛実は、それが桔梗の照れ隠しであることを知っていた。
「有難う。私の命の恩人は、今度は恋のキューピットにもなったわ」
「何だ、それ」
愛実は、今度紹介するから会おう、と言って電話を切った。
夏休み、いろいろな事情もあり皆で本土へ渡ることになった。
ならば、と愛実にも連絡を取り遊びに行く約束をする。
そして約束の日、港に出迎えてくれた愛実の隣に立っていたのは、あの岳の姿だった。
ぬけるような青空の下、両腕を大きく振って愛実が叫ぶ。
「桃子!! やっぱり私、あんたの事知ってたよぉ!」
驚いたように、桃子が岳を見つけた。
幼い日。
岳が、彼女だと言って紹介してくれたお姉さん。
(あれが愛実だったのか。どうりで会ったことがないか、と聞かれるわけだ)
隣には桔梗の姿。ふたりは互いに見つめあい微笑んだ。
──この桃子と桔梗が結ばれるのは、この日から更に時を経た後のことである。
それは、また別のお話ということで──。
【了】