第二章

8

 随分時が経ち、もう何かを言う気力も失くしたように見える和樹に、菖が問う。
「さっきの桃の疑問。あれは、そのまま俺も聞きたい。君たちは何処へ行き、そして誰の許で育ったんだ。祖父さんは、諦めたと言っていた。もう生きてはいないだろうと。なのに、何故君は此処にいるんだ」
 桃子の様子にすっかり毒気を抜かれたのか、和樹は素直に口を開いた。
「お姉ちゃん。さっきの話だと、ルナって人。あの時、二人で取り残された家にやって来たの。岳ちゃんは頭を打ってて動かさない方がいいからって知り合いの医者を呼んでくれて、その後ルナの部屋に連れていかれたの。詳しいことは知らないけれど、岳ちゃんは記憶障害をおこしてて、今もお姉ちゃんの所に居る筈よ」
「今も?」
 菖が聞いた。
「うん。電話すると替わってくれるよ。私だけは山科の両親の養女になったけど、連絡は取ってる。此処は、山科の親が入れたがったの。だから勉強はずっとしてた。私が自分の意思で、本当に此処に来ようと思ったのは一年前。桃子が此処で楽しくやってるって聞いたから」
 和樹は思い出したように、桃子を睨みつけた。
「だいたい、結びついたよ」
 菖も桔梗も、そして慎一郎もが頷いた。
「和樹さん、悪いが今度は俺の話を聞いてくれ」
 そう桔梗が言い、桃子の引き取られてからの全てを和樹に話し聞かせた──。

「――誰かが幸せになった、ということはなかったんだね。私の勝手な思い込みだけだったんだ」
「仕方がないさ。君に罪はない」
 慎一郎が和樹に声をかける。皆が慎一郎の気持ちに気付いた。
「和樹さん、二年間だけど一緒に学園生活を送ろう」
 慎一郎の言葉に和樹は笑顔を返した。
「はい。あっ、でも私って退学…」
 和樹が菖の顔色を窺う。菖は溜息をつきながら答えた。
「退学にはなりません。しっかり勉強して下さい。桃は学校創立以来の秀才だぞ。せいぜい教えてもらうんだな」
「・・・」
 和樹の顔から血の気が引いていく。
「たいしたことないから、大丈夫よ」
 桃子が言った。
「ほんと?」
「うん」
 和樹の顔がにこっと笑ったところで、今度は慎一郎が真顔で言う。
「ほ〜、たいしたことない。そんな人に一年間一度も一位を奪えず、一年間二位に甘んじた僕は、どうなるんだろうね〜」
「慎一郎君、何も今、それを言わなくても」
 しかし和樹はすっかり慄いていた。
「大丈夫、和樹さん。桃子と同じレベルで勉強の話をしないで下さい。僕が教えてあげるからね。任せて」
「慎一郎、万年二位で大丈夫なのか」
「菖さん、桃子は化け物並みに勉強が得意なだけで、特別です。そんな事言って、僕の下心をバラす気ですか」
 和樹の顔が慎一郎を見て、ぱあっと明るくなった。
「菖さん、僕が振られたら菖さんのせいですからね」

 空気が和み、笑いがおこった。
 和樹が乗り込んできてから、すでに五時間以上が経過していた。

著作:紫草

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