大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――

『思ひ出語り/地上界5』
迦楼羅1〜眠る〜

 人の住む京(みやこ)と呼ばれる場所からは、少し離れた処。それでも離れきれない場所に、その郷は在った。
 小さな集落が幾つか在り、その集落をまとめる村があり、その村を連携する位置に長(おさ)がいた。その長の近くにいる者が、人より怪しい者に近かった。
 何をするという訳ではない。人と同じように暮らしているだけだ。
 それでも人は彼らを嫌う。
 醜いものはただ醜いというだけで罵られ、怪しい力を使うものは人ではないと突き放される。
 そして人には在り得ぬ程の美しさを持つ者は、その美しさ故に恐れられた。

 どんな者にも心はあるというのに、彼らにも心はあるというのに…

 そんな心に負った傷を、長と“おばあ”は聞いてやる。
 人に危害を加えぬように、人と争いを起こさぬように。
「郷は郷だけでは生きてはゆけぬ。少しだけ人様からの恵みを戴いて、それに見合ったものを返しながら、わし等は生きてゆくんじゃよ」
 おばあの言葉は心に残る。
「みなも辛いだろうが人と争ってはならんよ。人は弱いから、すぐに死んでしまうからの」
 死ぬ。
 その言葉は獣には届かない。
 でも彼らは獣ではない。彼らも、いつかは死ぬ寿命のある生き物だ。
 どんなに醜い姿でも、どんなに禍々しく美しくとも…
「おばあ。今夜は、これくらいでいい」
「そうか。みなも、もう休め」
 口々に夜の挨拶をし、散ってゆく親のない子供たち。
「露智迦。そろそろ、この役目も、お前に譲ろう」
「ああ」
 禍々しいほどの美しさを、その微笑みに湛えながら彼は頷いた。
「迦楼羅は、どうしている」
「まだ眠ってる」
 そうか、と残し、おばあは去った。

 神話の神は、どこにもいない。
 それを一番知っている、人と魔物の境界線に存在する郷である――

 眠る迦楼羅。目覚めぬ迦楼羅。そして彼女を看る露智迦。
 何故、眠るのか。
 何故、目覚めぬのか。

 それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】

著作:紫草


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