大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――

『思ひ出語り/天上界2』
天上界2

 龍族の統べる天上界。

 リューシャンの送りの儀式は、長が決めたその日のうちに準備が整えられた。
 いつも従うように一緒にいた、ザキーレの姿はない。
 やはり、独りで河を渡ったのだろう。
 水鏡は地上界を映す。
 しかし天界は映らない。
 長の覗く水鏡は、静まりかえったままだった。

 いつもなら地上界への送りの儀式、今回は全く未知の世界ともいえる天界への儀式となる。
 姿を見せたリューシャンが、広場へやってきた。
 ザワッと空気が揺れ、多くの龍が人型を解き空を飛ぶ。
龍
「来たな」
 眼前に跪くリューシャンに、長が声をかける。
「ザキーレが待ってる。天界へ往ってくれ」
 長が珍しく頼んでいる。当然か。簡単に往けと云えるものではない。
「解かった」
 抑揚のない淡々とした口調で、いつものようにリューシャンは答えた。
「リューシャン…」
 思わず声をかけたものの、言葉は続かない。
 彼女がこちらに振り返り、声をかけられる。
「何だ」
 リューシャンの瞳に吸い込まれそうになると、胸が痛んだ。

 春宮の気持ちは、未だ揺れている。
 本当に往く必要があるのか。すでに天界に下りている、ザキーレからの連絡を待ってもいいのではないか。
 そんな胸の内をリューシャンが感じ取る。
「私は、ここの安定よりザキーレと共にあることを願う」
 分かっている。
 リューシャンとザキーレは一対だ。
 でも本能で想うことは自由だろ。
 春宮が涙を零した瞬間に、人型を解き空へ飛んだ。涙を見られたくなかった。
 でも誰にだろう。
 どうやら自分で思っている以上に、春宮はリューシャンを気に入っていたのかもしれない。

 暫くして長が、日にちを決めた。
 空間の河へ龍たちが集まった。
 河に浮かんだ舩にリューシャンが乗り込む。
 言葉を残すわけでなく、手を振るわけでなく、まして振り返ることすらない別れだった。
 この先にある筈の天界での暮らし…
 それはリューシャンとザキーレにしか判らない。
 そこはどんな処なのか。
 幸せに暮らすことができるのか。

 それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】

著作:紫草


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