大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
龍族の統べる天上界。
リューシャンの送りの儀式は、長が決めたその日のうちに準備が整えられた。
いつも従うように一緒にいた、ザキーレの姿はない。
やはり、独りで河を渡ったのだろう。
水鏡は地上界を映す。
しかし天界は映らない。
長の覗く水鏡は、静まりかえったままだった。
いつもなら地上界への送りの儀式、今回は全く未知の世界ともいえる天界への儀式となる。
姿を見せたリューシャンが、広場へやってきた。
ザワッと空気が揺れ、多くの龍が人型を解き空を飛ぶ。
「来たな」
眼前に跪くリューシャンに、長が声をかける。
「ザキーレが待ってる。天界へ往ってくれ」
長が珍しく頼んでいる。当然か。簡単に往けと云えるものではない。
「解かった」
抑揚のない淡々とした口調で、いつものようにリューシャンは答えた。
「リューシャン…」
思わず声をかけたものの、言葉は続かない。
彼女がこちらに振り返り、声をかけられる。
「何だ」
リューシャンの瞳に吸い込まれそうになると、胸が痛んだ。
春宮の気持ちは、未だ揺れている。
本当に往く必要があるのか。すでに天界に下りている、ザキーレからの連絡を待ってもいいのではないか。
そんな胸の内をリューシャンが感じ取る。
「私は、ここの安定よりザキーレと共にあることを願う」
分かっている。
リューシャンとザキーレは一対だ。
でも本能で想うことは自由だろ。
春宮が涙を零した瞬間に、人型を解き空へ飛んだ。涙を見られたくなかった。
でも誰にだろう。
どうやら自分で思っている以上に、春宮はリューシャンを気に入っていたのかもしれない。
暫くして長が、日にちを決めた。
空間の河へ龍たちが集まった。
河に浮かんだ舩にリューシャンが乗り込む。
言葉を残すわけでなく、手を振るわけでなく、まして振り返ることすらない別れだった。
この先にある筈の天界での暮らし…
それはリューシャンとザキーレにしか判らない。
そこはどんな処なのか。
幸せに暮らすことができるのか。
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】