大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
空間の河。
河といったって、本当に河が見えるわけじゃない。
舩は空中に浮かび、無い筈の桟橋から河渡りの者が手を取り、リューシャンは舩に乗る。
何も見えない空中に、河渡りの者が棹を挿す。
すると本当に河をゆくように、舩がふわりと動き出した。
皆の心の中が、視え届く。
皆の中でリューシャンはちゃんと天上界の仲間であり、誰よりも気になる龍だった。
「よかったな。最后に皆の思いが分かって」
河渡りの者が声をかけると、彼女は一度も振りかえることなく静かに涙を流していた。
「別れを言わなくて、いいのか」
「泣き顔なんか、憶えていて欲しくない」
相変わらずのぶっきら棒に、思わず苦笑いする。
いつも異端視されていると、河の基に逃げてきた。本来、見えない筈の自分の姿を簡単に見てとった。
河渡りの者は河の基を離れることはない。だからこそ、やってくるリューシャンが可愛かった。
「往きたくない…」
小さな小さな声で呟き、そして違う意味の涙を流す。
「当たり前だ。泣きたければ、ちゃんと泣け」
河渡りの者の気持ちもまた、揺れた。一旦、棹を止め舩を停める。
「少しだけ、ワタシにも時間をもらおう。もう二度とお前に会えない。少しだけワタシも泣いておこう――」
暫くして再び棹を挿すと、ざわっと河が出現した。
「ホントにあったんだ、河…」
「もう、そこが天界だ」
遠くを見るように目を凝らしていると、そこに世界が現れた。
「ザキがいる」
「ああ。お前を待ってる」
舩を下りれば、二度と還ることはない。
このまま空間を跳び、何処か知らない処へ往ってしまいたいとも思う。
しかし棹を握っていれば、天界の様子を感じることだけはできる。それだけで好しとしよう。
河渡りの者は、リューシャンに気付かれぬように涙を拭い、舩を停めた。
そして、そこにある者を見て彼は驚いた。
リューシャンは一体何者なんだろう。
それでも彼女は、きっと大丈夫だ。彼の思いは深く空間の河に沈む。
そこには天界との橋渡しの為、最高神の一人であるシヴァ神が待っていた――。
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】