大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――

『思ひ出語り/天上界3』
空間の河、そして天界へ

 空間の河。
 河といったって、本当に河が見えるわけじゃない。
 舩は空中に浮かび、無い筈の桟橋から河渡りの者が手を取り、リューシャンは舩に乗る。
 何も見えない空中に、河渡りの者が棹を挿す。
 すると本当に河をゆくように、舩がふわりと動き出した。

 皆の心の中が、視え届く。
 皆の中でリューシャンはちゃんと天上界の仲間であり、誰よりも気になる龍だった。
「よかったな。最后に皆の思いが分かって」
 河渡りの者が声をかけると、彼女は一度も振りかえることなく静かに涙を流していた。
「別れを言わなくて、いいのか」
「泣き顔なんか、憶えていて欲しくない」
 相変わらずのぶっきら棒に、思わず苦笑いする。

 いつも異端視されていると、河の基に逃げてきた。本来、見えない筈の自分の姿を簡単に見てとった。
 河渡りの者は河の基を離れることはない。だからこそ、やってくるリューシャンが可愛かった。
「往きたくない…」
 小さな小さな声で呟き、そして違う意味の涙を流す。
「当たり前だ。泣きたければ、ちゃんと泣け」
 河渡りの者の気持ちもまた、揺れた。一旦、棹を止め舩を停める。
「少しだけ、ワタシにも時間をもらおう。もう二度とお前に会えない。少しだけワタシも泣いておこう――」

 暫くして再び棹を挿すと、ざわっと河が出現した。
「ホントにあったんだ、河…」
「もう、そこが天界だ」
 遠くを見るように目を凝らしていると、そこに世界が現れた。
「ザキがいる」
「ああ。お前を待ってる」
 舩を下りれば、二度と還ることはない。
 このまま空間を跳び、何処か知らない処へ往ってしまいたいとも思う。
 しかし棹を握っていれば、天界の様子を感じることだけはできる。それだけで好しとしよう。
 河渡りの者は、リューシャンに気付かれぬように涙を拭い、舩を停めた。
 そして、そこにある者を見て彼は驚いた。
 リューシャンは一体何者なんだろう。
 それでも彼女は、きっと大丈夫だ。彼の思いは深く空間の河に沈む。
 そこには天界との橋渡しの為、最高神の一人であるシヴァ神が待っていた――。

 それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】

著作:紫草


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