大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――

『思ひ出語り/地上界14』
迦楼羅5〜朱雀〜

「此処に何があるの?」
 伽耶に、ここだよと言われた場所は炎に包まれているだけだ。
 業火を思わせる、大きな炎。迦楼羅は、ただ呆然とその炎を見ているだけだった。
「迦楼羅。普通の人に、この炎は見えないんだ。この火が見えているということは、お前は南の結界内にいるということだ」
 露智迦の言葉に、迦楼羅は彼とつないでいた手を握り直す。
「さあ、歩いてごらん。その先は朱雀が決める」
 伽耶は、迦楼羅と露智迦の背を押した。

 ゆっくりと歩き出す。
 炎が燃える音は確かに聞こえる。
 でも火の持つ熱さは感じない。
 少し歩いたら炎がみるみる消えてゆき、そこに綺麗な女の人が現れた。
 真っ黒な長い髪を、髪飾りで一つに結えている。着ているものも、金糸銀糸に混じり真っ赤な織りの見たこともない装束だった。
≪お前が迦楼羅か≫
 その人の声は確かに聞こえているのに、口は動かない。
 ただ迦楼羅の頭に直接聞こえた声を、恐いと思うことはなかった。
「はい。迦楼羅と申します」
 小さな子供が見よう見真似で、お辞儀をする。
 その人が目の前までやって来た。そして右の掌を上に差し出した。
 すると、その掌に小さな炎が宿った。否、宿るという言葉は変だ。
 でも迦楼羅にはどう言っていいのか、分からない。
≪お前も同じように、手を出すがいい≫
 彼女の言葉に導かれるように、同じ仕草をした。
「あっ」
 迦楼羅の掌にも、同じような炎が浮かんでいた。

≪それがお前の力だ。使い方を間違えると、火は辺り一面を焼き尽くす。自分の感情が暴走しても同じことが起こる。その為に感情を抑えることを覚えよ≫
「これ、どうしたら消えるの?」
 小さな炎はいつまでも消えない。
≪掌を握ればよい≫
 そう言われて慌てて握った。熱さはない。
「開いたら、また火が出る?」
≪やってみたらよい≫
 迦楼羅は、恐る恐る手を開く。今度は、何も浮かばない。
≪念じよ≫
 その言葉の意味を深く理解するより前に、迦楼羅は意識を集中していた。すると再び、そこに炎が現れる。
 女の人が背を向けて、行ってしまう。
「あ、待って下さい。ここに朱雀様がおられると聞きました。知りませんか」
 刹那、その人が大きな翼の羽ばたきと共に鳥の形に変化(へんげ)した。
≪我が朱雀ぞ≫
 あんぐりと口を開けた迦楼羅を見ると、朱雀は大きく笑っている。
 迦楼羅は露智迦に手を引かれ、その朱雀に近寄った。
「朱雀様。また来てもいいですか」
≪お前は我に通ずる者。火のある処からなら、いつでも来られる。もしも火が暴走してしまうと思ったら、その者に鎮めてもらえ。そやつは水の龍。我等には天敵となる者だ≫
 水の龍。それを聞いて迦楼羅は、なる程と思った。
 朱雀は天敵と云ったが、そうではない。
 迦楼羅は露智迦がいるから自然にしていられると、そう思った。
「分かりました。火の力、大事にします」
≪火は上手く使えば人を助ける。分からぬことは聞くがよい。今、日の本にいる朱雀は我だけじゃ≫

 変な力を持っているかもしれないと恐れていた迦楼羅の顔が、炎の宮殿から戻った時には一変しているのが分かった。

 それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】

著作:紫草



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