大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――

『思ひ出語り/地上界19』
サクジン5/露智迦4

「そうやって黙って往くのか」

 地上と天界とを繋ぐ滝に消える間際、声を聞いた。
 ザキーレの声だ。
 振り返ると、果たして彼奴が浮いている。

「迦楼羅に会っていけ。二度と会えないと思うなら尚更だ」
 彼の口調は昔のままだ、その禍々しいまでの美しい顔に浮かべる笑顔も。
「お前… 記憶が抜けていると伽耶が言っていたが」
 そう言うと彼は、にやりと口元をあげ目の前に下りてきた。
「確かに、はっきりしないことが多かった。でも本当は迦楼羅が生まれた瞬間に思い出した。暫くは混乱して、言ってることが右往左往してたから伽耶が勘違いしても無理はない」
 そう言うとザキーレが首にある飾りを引き千切った。
「おい! それアニヨンの封印だろ」
「だからさ。もう記憶は全て戻っている」
 天帝の思いが首飾りに残っていた。だから取らずにいただけだ、とザキーレは言う。

「殆んど語ることのなかった天帝に助けてもらった。心の底にあったリューシャンを大事に箱に入れてもらっていた。そんな感じだ。封印の糸は切れていたが、天帝の思いが飾りを残したのだろうな」
 散らばった玉の中から、一際大きく黄色い玉をザキーレが放ってよこした。
 その思いをザキーレが受けとってくれただけで、彼奴は本望だろうな。
「では、その耳の珥堕は何だ」
「これは多分、リューシャンの封印の珥堕だろう。俺の死の際、最期の時が少しだけ存(ながら)える。そんな気がする」
 サクジンは驚いていた。そんな封印が本当にできるのだろうか…
 でもザキーレの顔は確信に満ちている。
「そうか。なら尚更、迦楼羅には会わない。あれはシヴァ神に魅入られた子だ。親は俺ではない」
「サクジン…」
「今、天界は不安定な状態に陥っている。多分、天上界も一緒だろう。もし本当に力が戻っているのなら、水の脈(みち)から覗いているといい。龍族の誰かが気付くだろう」
 地上界は守られている。少なくとも迦楼羅を生み出したのなら朱雀は此処を離れないし、ザキーレを置くなら青龍も水を絶やすことはない。
「本当に往くのか」
「ザキに会えて、これで本当に心残りがなくなったよ。伽耶にも言ったが…」
 サクジンは、そこで一度息をついた。
 どうした? という顔でザキーレがその顔を覗き込む。
「迦楼羅を頼む。お前自身も消えるなよ」
「あゝ」

 しかしその刹那!
 二人の脳裏には、血の海に横たわるザキーレと迦楼羅の姿を視た――。

 今のは何だ。
 まさか、未知の事柄か…
 気持ちの動揺は二人にあった。
 しかしサクジンの方が更に先を視た。
「そうとは限らない。ただの警告かもしれない。未来は変えられる。人は強いからな」
 サクジンは不安な顔を見せたザキーレの頬に手を添えた。
「ザキ… 否、露智迦だったな。上から視ている」
 涙を流す方が逆だろう、とサクジンが笑いながら今度こそ本当に滝の奥へと消えた。
 あの一瞬の恐ろしいまでの光景を、まるで棘が刺さったように二人の胸に深く残したまま。

 それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】

著作:紫草


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