大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
一角獣の背に乗って、浮島へと登った。
そして竹で造られた門をくぐる。
そこにあるのは、ただ荒れただけの広大な土地だった――。
≪来たな≫
何処からか、声がする。頭に届く、龍族の長に似た波動の響き。
≪私が視えるか≫
「そこだ!」
左に三十度振りかえり、掌を握り腕を突き出した。
≪ほう。これだけ気配を消しているものを、よく見つけたな≫
その声と共に姿が現れた。
人型をとりながら、怪しい雰囲気をまとっている。
「お前は誰だ。何故、此処にいる」
そやつはニヤリと笑っただけで何も答えようとはしない。
「もう一度だけ聞く。誰だ」
するとその両腕を「降参」と言いながら上げた。
≪それは最高三神の一人、ヴィシュヌだ≫
背後に近づくザキーレと白虎の気配を感じていた。
では、この言葉は白虎様のものだ。
掌に籠めた火種を収める。
「ヴィシュヌ…」
彼は、躊躇うことなくリューシャンに跪いた。
「シヴァから聞いたよ。彼は君を、どの世界においても見ているそうだね」
「そんな話は聞いていない」
云いながら微笑む彼の顔はシヴァとは違う。シヴァは、どんなに笑っていてもその胸に刃をもっている笑みだ。
でも彼の笑みは、もっと穏やかに見える。
「白虎が、浮島に暮らすことを許したそうだな。では私も浮島の安定を約束しよう。此処には玄武はおらぬ。その代わりを務めてやる」
いったい彼は何を云っているのだろう。リューシャンには皆目見当もつかない。
下。
天帝の住む宮殿から見た西の方角に、この島はある。
その西の門に白虎は結界を張り、左右に広がる竹林に棲まう。
門をくぐり、あるのは一面の荒れ野だった。
北を向くと山の稜線が見える。
ヴィシュヌは、その山を指差した。
「あそこに祠を創ってやろう。この島の均衡が壊れなければ、天界の維持も難しいことではない」
リューシャンはザキーレを見た。彼は静かに頷いた。
「貴方は最高三神の一人」
「そうだ」
「何を司っておられる」
「世界の維持を…」
それを聞き、リューシャンは全てを悟り頭を下げた。
「白虎に可愛がってもらえ。この荒れ野を耕すのは至難の業だと思うがな」
その言葉に、リューシャンは初めてヴィシュヌに笑顔を見せた。
「それは大丈夫。時間はいくらでもある」
「シヴァが気に入ったのが分かるな。その笑みは反則だぞ」
そう云い終えると同時に風が巻き上がり、すでに彼の姿はそこにはなかった。
「何なんだ!?」
≪確かに反則かもな≫
その白虎の言葉に、ザキーレが笑う。
何だか、よく分からないが、まぁいいか。
今日も只管、土地を耕す。
ザキーレは水の脈を探す。
白虎様は竹林で眠ると云う。
「のんびりやろうぜ」
ザキの、砕けた言い回しがリューシャンの気持ちを軽くした。
「うん、私達は龍だもん。絶対、脈はみつかる」
頷く彼が人型を解き、空を飛んだ。
青く綺麗な龍線形は、いつ見ても綺麗だった。
「さて、仕事!」
リューシャンは人の造ったという道具を使い、土を掘り始めた――。
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】