大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
暖かな春。
たぶん、浮島は下よりも少しだけ気温が高い。
だから常春というよりは、もう少し初夏に近い晩春から初夏の気候が長い。朝夕の気温が下がってくると晩夏となり、それが終わると秋が来る。
秋は短く、あっという間に晩秋となり朝夕の冷え込みが激しくなると晩春に繋がってゆく。
いつしか浮島には多くの林が生まれ、様々な果実を実らせるようになった。
季節の変わり目が来ると実をつけるもの。
木ではなく、根に実を膨らますもの。
広大な土地は東西南北を、白虎様の云うように溝を掘り季節を作り木々を植えた。
白虎様は、人を超えた人を仙人と呼び、時折浮島へと呼ぶ。その時に人の世にある多くの種を運んでもらうのだ。
今は秋に実る蜜柑色の果実を待っているところだ。この果実は、一年に二巡りする季節の中で二度実る。
仙人は、全てを手で作る。
日々水を遣り、時間をかけて育てている。
陽の光はどこからともなく浮島にも届くが、土が暖まり過ぎるとザキーレの探り当てた水の脈の湧き水で冷やした。
脈を見つけたのはザキーレだけではなかった。
北の祠の正反対に位置する場所に、リューシャンは源泉を見つけた。
冷たい水と暖かい水。
季節の巡りと人の力は、浮島に豊富な果実をもたらした。
「今度こそ、実をつけるかなぁ」
いつも桜色に綺麗な花を咲かす木の下で、リューシャンは呟く。
すると仙人のおじいちゃんが謂う。
「焦ってはいかんよ。木は実るようになるまで育っている。育ちが終わると子孫の為に実をつけるようになる。いつかを待って、ちゃんと面倒を見てやれば必ず木は応えてくれるものさ」
子孫の為に実る。
その言葉はリューシャンには衝撃だった。
「実りはいいことではないのか」
「そうではない。食する果実の美味さは格別だろう。それを忘れることなく、二年三年先の木々を絶やすことなく育てることだ」
一度実れば終わりということではない。
きっと彼は、そう謂いたかったのだろう。
そろそろ三年が経つ。
「では、次の林の為の種を植えることにしよう」
ザキーレと共に空きのある土地へと向かう。再び耕す土地には、此処で死を迎えた者が眠る場所がある。
白虎様の許しを得て、その場所を焼くことにした。
木の根の許に灰と化した仙人たちの土は最後に混ぜた。
「こうしていけば、人も永遠に生きてゆける」
老いた木々を焼き、人も焼く。
土地は潤い、木々は喜ぶ。
≪リューシャン。おいで≫
仕事をする彼女の頭に、白虎様の声が届く。
何だろう、とザキーレと二人で翔けつけると白虎様が桜色の木の下で笑っている。
お〜、また白虎様が笑ってる。
「何ですか?」
≪見よ。今年は稔るぞ≫
皆で見上げた木々たちに、小さな実りを見つけた。
「実る」
≪我は、これに目がないんじゃ。絶対、天帝にやり過ぎるなよ≫
「え… 白虎様。この木の名前、知ってるの?」
≪当然じゃ≫
「教えて下さいよ〜」
するといきなり、白虎だった彼は人型を取った。
もう驚いたのなんのって…
彼はザキーレと同じくらい背の高い、がっしりとした体躯の男だった。
「変化(へんげ)できるなんて知らなかった…」
「そうだろう。此処に来てからは初めてだからな」
う〜。
意地悪な人かもしれない。
「そんな目で見るな。この木の名を教えてやるから」
「はい」
「現金な奴だな。この木はな、桃だよ」
白虎は腕を組み、これ以上ないというくらい優しい瞳を桃と告げた木に向けた。
「桃…」
「そう。ちゃんと育てれば、甘く止められないほどの果実になる」
リューシャンはニヤっと笑って、彼に抱きついた。
だって、白虎様の人型なんて滅多に見られるものじゃない。それにザキとはまた違う、いい男なんだもん。
「こら。何をする!」
「折角、人の姿になっておられるので、ちょっとだけ…」
やれやれ、と溜め息をつきつつも、胸に抱く彼女の温もりに嬉しそうな顔を見せる白虎であった。
「あれ。でも何故、急に変化する気になったんですか」
「ん!? 決まっておろう。少しでも近くで稔りを見届けたいからだ」
なる程。
では白虎様も長く桃の成長を待っていたということか。
「ザキ。実るって」
リューシャンの言葉に彼もまた、あゝと感慨に耽っているように桃の木々を見上げていた――。
これで本当に、リューシャンに天界での居場所ができる。
ザキーレの呟きは、桃の小さな実に吸い上げられていった。
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】