大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
感ずる情。
何かを見て、思う気持ち。
誰かを感じて、湧き上がる想い。
此処に来るまで、そんなものは知らなかった。
世はただ、ゆっくりと時の流れのなかにあり、龍族はそこに漂いながら暮らしているものだと思っていた。
ただ、いつの頃からか。ザキーレ独りだけが特別になった。
でも、それに気付くことすらなくリューシャンは天上界を去ることになった。
≪一足先にザキーレが天界へと下る≫
その言葉に、初めてザキーレが特別なのだと理解する。
だからこそ舩を降り、目に飛び込んだ彼の姿を見た途端、他の全てがどうでもよくなった。彼がいれば、それでいい。
彼は特別なもの。
この感情に言葉があると知ったのは、浮島に来てからだ。
この話をした時、白虎様が最初に大笑いした。
≪それを好きと言うのだ≫
と…。
好き…。
大好き。
とっても好き。
そして、愛おしい。
白虎はリューシャンに言葉を伝え、人の世の理(ことわり)を教えた。
≪人は弱い生き物かもしれぬ。しかし、どんな生き物よりも生きるということに貪欲だ。いつか人の世に往くことがあったなら、よく視てくるといい。愚かだからこそ人を想う気持ちは美しいぞ≫
人の世――
天界すら、リューシャンには未知の世界だったのに…
何故、白虎様は人の世へ往く話などするのだろう。
リューシャンの中に、疑惑と未来を感じ取る。
( 私はいつの日か、人の世へ往くことになるのかもしれない)
それは不確かな中の、小さな確信にも似た感情だった。
「白虎様。好きになるという気持ちを優先しながら生きる人等は、確かに強いと私は思う」
≪そうか。なら、お前も恐れずザキへの想いを貫けばよい。この世にただ独り、お前だけの為に生きる男だ≫
ザキーレへの特別な感情。
それは人にも負けぬ強い想いだろうか。
仕事を続ける彼の背を目で追った。
胸の奥に小さくそれでも確かに熱く燈った恋の焔に、リューシャンは戸惑いながらも、これが幸せというものかもしれないと微笑んだ――。
遠く天界の星の、更に遠くに在るシヴァにも温かな想いは大切に届けられ、慰められていた。
リューシャンの無色透明で無垢な想いは、ただ独りザキーレに向けられる。そしてその感情は、知らず知らず周りに影響を与えてゆく。
温かな想い。
幸せな感情。
破壊を司るシヴァでさえ、心穏やかにしてしまう程の優しい想いをシヴァは愛した。
自分に向く想いでなくとも構わない。
リューシャンの心があれば、自分は其処に居られると彼もまた珍しく微笑んでいる。
あちらこちらから多くの神々が、ひっそりとそれを感じ取っていた。
あの荒くれた破壊神が戀をした、と…。
それは世界の破滅を止めるのか、それとも破壊を進めるのか…
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】