大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――

『思ひ出語り/天界15』
浮島3/シヴァ3〜戀心〜

 感ずる情。
 何かを見て、思う気持ち。
 誰かを感じて、湧き上がる想い。

 此処に来るまで、そんなものは知らなかった。
 世はただ、ゆっくりと時の流れのなかにあり、龍族はそこに漂いながら暮らしているものだと思っていた。

 ただ、いつの頃からか。ザキーレ独りだけが特別になった。
 でも、それに気付くことすらなくリューシャンは天上界を去ることになった。
≪一足先にザキーレが天界へと下る≫
 その言葉に、初めてザキーレが特別なのだと理解する。
 だからこそ舩を降り、目に飛び込んだ彼の姿を見た途端、他の全てがどうでもよくなった。彼がいれば、それでいい。

 彼は特別なもの。

 この感情に言葉があると知ったのは、浮島に来てからだ。
 この話をした時、白虎様が最初に大笑いした。
≪それを好きと言うのだ≫
 と…。

 好き…。
 大好き。
 とっても好き。
 そして、愛おしい。

 白虎はリューシャンに言葉を伝え、人の世の理(ことわり)を教えた。
≪人は弱い生き物かもしれぬ。しかし、どんな生き物よりも生きるということに貪欲だ。いつか人の世に往くことがあったなら、よく視てくるといい。愚かだからこそ人を想う気持ちは美しいぞ≫
 人の世――
 天界すら、リューシャンには未知の世界だったのに…
 何故、白虎様は人の世へ往く話などするのだろう。
 リューシャンの中に、疑惑と未来を感じ取る。
( 私はいつの日か、人の世へ往くことになるのかもしれない)
 それは不確かな中の、小さな確信にも似た感情だった。
「白虎様。好きになるという気持ちを優先しながら生きる人等は、確かに強いと私は思う」
≪そうか。なら、お前も恐れずザキへの想いを貫けばよい。この世にただ独り、お前だけの為に生きる男だ≫
 ザキーレへの特別な感情。
 それは人にも負けぬ強い想いだろうか。
 仕事を続ける彼の背を目で追った。

 胸の奥に小さくそれでも確かに熱く燈った恋の焔に、リューシャンは戸惑いながらも、これが幸せというものかもしれないと微笑んだ――。

 遠く天界の星の、更に遠くに在るシヴァにも温かな想いは大切に届けられ、慰められていた。
 リューシャンの無色透明で無垢な想いは、ただ独りザキーレに向けられる。そしてその感情は、知らず知らず周りに影響を与えてゆく。
 温かな想い。
 幸せな感情。
 破壊を司るシヴァでさえ、心穏やかにしてしまう程の優しい想いをシヴァは愛した。
 自分に向く想いでなくとも構わない。
 リューシャンの心があれば、自分は其処に居られると彼もまた珍しく微笑んでいる。

 あちらこちらから多くの神々が、ひっそりとそれを感じ取っていた。
 あの荒くれた破壊神が戀をした、と…。
 それは世界の破滅を止めるのか、それとも破壊を進めるのか…

 それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】

著作:紫草


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