大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
―宮殿から重大なモノが盗まれた。皆、すぐに各地全域を調べること。尚、発見した場合の処置はその場に通達する―
その通達から、僅かの時間に宮殿へ戻った。
その場とは、あの崩壊した建物だろう。
確かに、自分の目で重大なモノを見たわけではない。
しかし確かに、何かの残像があった。そして直後、リューシャンたちは宮殿に戻った。
ところが、だ。
『すでに処分は行われた。皆、ご苦労だった』
何だか偉そうな男が宣言し、今回の騒動は幕を閉じた。物々しく巻物を手にしてはいるが、なかは白紙である。
「どういうこと。我等は、そんなに出遅れたというのか。何故、何も目にすることがない」
リューシャンの独り言は、そのままエレやザキーレの心の声でもあった。
「天帝に会ってくる」
「待てって」
リューシャンの腕をエレが掴んだ。
「行ってどうするつもりだ。今更、天帝が何かを云うと思うか」
そんなことは分かっている。
「うるさい。お前は来なければいいだろう」
彼の腕を振り払うとリューシャンは奥へと歩いて行く。エレは仕方がないと呟くと、ザキーレと共に彼女に従うことにした。
「彼女ってさ…。何か、いいね」
「あゝ」
「おや、即答。もしかして“つがい”になろうとしてる?」
ザキーレは聞き慣れないその言葉に、違和感を覚えたがあえて何も言わずリューシャンの後を追った。
部屋に入ると女の子…、いや、女の人がいた。
「天帝は?」
≪奥に行った≫
その女は言葉を使わず、頭に言葉を響かせる。
「私を憶えているか?」
≪知らぬ≫
「だろうな。私も知らぬ」
奥の間に進むと、天帝がいた。
「リューシャンか」
「説明しろ。リョクジンとかいう奴はどうした」
「処分した」
な… 何だと。
この短時間に処分した、ということは、どういうことだ。
思わず天帝の胸元を掴んだ。
「何をした」
「お前には関係ない。それより封印が解けた。どういうことか、説明しろ」
リューシャンには、それも謎だった。
「分からない。私は確かに珥堕を施した。余程のことがなければ、私の許しもなく解けるなどありえない」
そうか、と天帝は大人しく引き下がった。
珍しいこともあるものだ。
時と場所と空間、それぞれの封印をそれぞれの力を持つ者が施した。
「隣の部屋にいた女。あの時の…か?」
「そうだ」
確か“要”の者だった。
この世界の安定を守るため、必要不可欠な存在。石のように居続けることが存在意義。
「彼女はどうなる」
「これからは普通に暮らすさ」
「天帝…」
追ってきたザキーレが呟いた。
「リューシャンに何かを負わせなければいいが…」
「ザキ。帰ろう」
天帝の顔を見ることなく、リューシャンは踵を返す。
「此処はやはり好きになれない。リョクジンとやらに一度でいいから会いたかった」
一角獣の首に腕を廻し、リューシャンが泣いた。
≪お前も可笑しな奴だな。会ったこともない男であろう。何故、泣く≫
「生きていれば、いつか知り合ったかもしれぬ。でも死んでしまったら、もう二度と会えない」
会ったこともない男のために涙を流すリューシャンを、一角獣は暖かい気持ちで見守った。
≪こういう思いが白虎の心を動かしたのかもしれぬ≫
そう思う一角獣も、いつしかリューシャンの虜となっていた。
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】