大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――

『思ひ出語り/天上界7』
水の脈(みち)〜秘め事〜

 多くの星々の中。
 それぞれの均衡を保ちながら存在する星の一つ、龍族の統べる天上界。

 先日起こったあの大地震は、後にリューシャンの力の暴走が原因だと噂が立った。
「やはり、リューシャンは禍々しいものを呼び寄せる鬼門だ」
「早々に天界へ放出しておいて、正解であった」
「天界など、我が儘な天帝がお遊びで創った箱庭のようなものだ。とっとと縁を切ってしまえばよかろう」
 長老たちは話し合いにもならぬ、悪口合戦を楽しむかのようにリューシャンをなじり、そして切り捨てた。
 長としての立場など、あってないようなものだ。
 何故なら皆が、長のリューシャン贔屓を良くは思っていなかったからだ。
「今度ばかりは長にも従って戴きます」
 と周りを囲まれてしまっては、龍族を守らねばならない立場としては聞かざるをえない。
 確かに龍族の存続も決して安寧なものではない。少しずつではあるが龍の生まれる数が減ってきている。
 長は宣言し、そして天界との往き来を絶つこととなった。

 天界との舩は絶えた。
 それ故、空間の河を渡る舩に火をかけるよう命を出そうにも、リューシャンがいなければそれもできないことに長老たちは改めて顔を歪めた。
「全く最後の最後まで忌々しい」
 中でも、リューシャンの母親に憾みを持つ龍が言い放つ。

 その時、河渡りの者が舩を降りてきた。
 それまで誰も見たことのない彼の姿が、舩を降りたことで浮かび上がった。
 人型を取った彼は女と見紛うまでの美しさであり、そこに揃った全ての龍が息をのんだ。

≪長。お願いがございます≫
 彼の口は動かなかった。
 声は、長にだけ届けられた。
≪何だ≫
≪この舩を沈めるのなら、最後にワタシに河を渡る命をお出し下さい。そしてワタシ自身もあちらの岸にて舩と共に朽ち果てませう≫
≪リューシャンに逢いに往くか≫
 そこで初めて小さく、「はい」と言葉を使う。
 その姿にとても似合う、艶やかな声だった。
 彼の言葉と決心に、長が深く長い溜め息をつく。それが長の中にある多くの思いを物語った。
≪いいだろう。天界との舩は要らぬと、あちらに伝えよ。そして二度と戻ることならぬ≫
 その者は、ただ頭を下げた。

≪リューシャンは、すでに天界にはおらぬ。できれば、あちらの水の脈より様子を知らせてくれ。地上界へ落ちたのなら、必ず捜し出す≫
 その強い思いに、河渡しの者も驚いた。
≪命に代えましても、リューシャンの居所を突き止めて参ります。それは長の鏡ではなく、青龍様の水鏡に映し出しませう≫
 二人の間で何事か、話し合いが持たれていることは分かっていた。
 しかし誰もが口を挿むことを許されぬように、見守っている。
「往け」
「長!」
「よい。この舩は二度と戻らぬ」
 それだけ残すと、長は舩に背を向けた。

≪頼む。これは私とお前だけの秘め事だ≫

 その背を見送りながら、河渡しの者は頭を下げ舩に戻った。
 再び、他の龍からその姿を隠す。
 二度と戻らぬ天上界に未練はなかった。
 それよりも、リューシャンとザキーレの消息を突き止めることに意識を集中する――。

「二度と再び逢うことはないと思っていた二人。必ず、長の思いに応えてみせます」

 それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】

著作:紫草


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