大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
青龍刀。
龍だからといって誰もが持っているわけではない。
人型をとる我等の天上界では、身から剣の出現したものが春宮の権利を持つ。だからこそ重要なのだとも聞く。出現の発生率が少なくとも、それは仕方が無いのかもしれない。
それでも以前は、もっと頻繁に現れたと聞く。
それがここ数百年の間に変わってしまった。
現長は、自らの剣を腕と足、二本出現させた。
しかし複数の剣を持つのは、長が最后となった。
長の後、剣が現れたのは三人、それも一本のみである。
その一人は現在、訳の分からぬ病に臥せっている。その期間は、すでに数年にも及ぶ。
また一人は正式に春宮として、長の補佐に付いている。
そして三人目の男は、天上界を去っていった――。
仲のいい三人だった。
それが別れてしまうとは、誰が想像しえたであろう。
「長。どうかされましたか?」
春宮が長の様子に、声をかけた。
「いや… ザキーレは、どうしているかと思ってな」
リューシャンも往った。ザキーレは二度と此処には戻ってはこない。
それを分かっていながら、やはり自分の判断を憾んだ。
「きっと仲良くやっているでしょう」
春宮の明るい声に励まされ、長も頷いた。
それでも春宮は長を恨んでいるだろう。
春宮が、いずれ青龍にと望んだザキーレを天界へ送ってしまった。
もし自分に何かがあっても、ザキーレがいれば春宮の地位を譲ることができる。そう言っていた春宮の言葉を、思い出さなかったわけではない。
しかし、あのリューシャンを独りで往かすことはできなかった。
否、違う。
あの二人を引き離すことができなかったのだ。
長など、何をどう判断しても後悔がついてまわる。
青龍刀を持つ龍を、自ら手離してしまったことは死すまで後悔することになるだろう。
「水鏡を視てくる」
天界とはやっかいな処だ。
何故、ブラフマーから与えられた水鏡に映らぬ。
もしかしたらザキーレは、ブラフマーとは無関係な処に居るのではないかと、ふと思う。
天界と名付けた“何か”
しかし、それを知る術は天上界にはない。
遥かに長い時を生きる龍族ではあっても、所詮、小さな世界の一つだ。
ザキーレが青龍刀の手入れをする時だけ、それぞれの青龍刀が呼応する。
鞘の中で光り震えている青龍刀を、しかし長や春宮が知ることは永遠にないのである――。
天上界は、この後少しずつ、それぞれの世界と距離を置くようになってゆく…
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】