大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――

『思ひ出語り/天上界6』
青龍刀

 青龍刀。
 龍だからといって誰もが持っているわけではない。
 人型をとる我等の天上界では、身から剣の出現したものが春宮の権利を持つ。だからこそ重要なのだとも聞く。出現の発生率が少なくとも、それは仕方が無いのかもしれない。
 それでも以前は、もっと頻繁に現れたと聞く。
 それがここ数百年の間に変わってしまった。

 現長は、自らの剣を腕と足、二本出現させた。
 しかし複数の剣を持つのは、長が最后となった。
 長の後、剣が現れたのは三人、それも一本のみである。
 その一人は現在、訳の分からぬ病に臥せっている。その期間は、すでに数年にも及ぶ。
 また一人は正式に春宮として、長の補佐に付いている。
 そして三人目の男は、天上界を去っていった――。

 仲のいい三人だった。
 それが別れてしまうとは、誰が想像しえたであろう。
「長。どうかされましたか?」
 春宮が長の様子に、声をかけた。
「いや… ザキーレは、どうしているかと思ってな」
 リューシャンも往った。ザキーレは二度と此処には戻ってはこない。
 それを分かっていながら、やはり自分の判断を憾んだ。
「きっと仲良くやっているでしょう」
 春宮の明るい声に励まされ、長も頷いた。

 それでも春宮は長を恨んでいるだろう。
 春宮が、いずれ青龍にと望んだザキーレを天界へ送ってしまった。
 もし自分に何かがあっても、ザキーレがいれば春宮の地位を譲ることができる。そう言っていた春宮の言葉を、思い出さなかったわけではない。
 しかし、あのリューシャンを独りで往かすことはできなかった。
 否、違う。
 あの二人を引き離すことができなかったのだ。

 長など、何をどう判断しても後悔がついてまわる。
 青龍刀を持つ龍を、自ら手離してしまったことは死すまで後悔することになるだろう。
「水鏡を視てくる」
 天界とはやっかいな処だ。
 何故、ブラフマーから与えられた水鏡に映らぬ。
 もしかしたらザキーレは、ブラフマーとは無関係な処に居るのではないかと、ふと思う。
 天界と名付けた“何か”
 しかし、それを知る術は天上界にはない。
 遥かに長い時を生きる龍族ではあっても、所詮、小さな世界の一つだ。

 ザキーレが青龍刀の手入れをする時だけ、それぞれの青龍刀が呼応する。
 鞘の中で光り震えている青龍刀を、しかし長や春宮が知ることは永遠にないのである――。
 天上界は、この後少しずつ、それぞれの世界と距離を置くようになってゆく…

 それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】

著作:紫草


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