大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――

『思ひ出語り/天上界5』
玄武

 龍族の統べる天上界。
 ここにも当然、四神は在る。
 ただ余程のことがない限り、四神は姿を現さない。いつも決まった場所にいて、夫々を牽制し世界を守る。
「玄武様」
 来る途中、崩壊したという山の残骸を目にしてきた。
 まさかとは思うが、玄武そのものに何かがあったかもしれないと長は思う。
 だからこそ、恐る恐る声を掛ける。
 声の振動で再び震動が起こっても困る。
 だが何処にいるのか分からない玄武に向かい、精神から言葉を送ることなどできなかった。
≪我は無事ぞ≫
 山の奥から声が届いたのは、半時ほど経ってからだった。
≪ひどい揺れであった≫
 玄武は、ゆっくりと山から出てきた。
「はい。何が起こったのか、詳細はつかめておりません」
 長は彼の前に跪き、答えた。
≪土地を守るは我の役目。此処は持ちこたえておく≫
 そう云ったかと思うと、甲羅から伸びるだけの首を伸ばし空を仰ぐ。
≪朱雀の力を借りることになるであろう。龍たちの移動を頼む≫
 そして再び山の奥へと戻ってゆく。
「玄武様。リューシャンが視えましょうや」
≪生きておる≫
 その一言だけを残し、もう何も聞くことはできなかった。
 それでも、その言葉だけで良かった。
 長は屋敷へと戻り、皆に玄武と朱雀のことを告げた。

 天上界ですら、この有様だ。生きていてくれたら、それでいい。
 ここで何があったとしても、手を差し伸べてやることはできないのだ。
 それは、この先も同じ。長として龍族を守る義務がある。
 だからこそ、生きていると分かれば、もう何を聞いても意味はない。
 その後のリューシャンの暮らし、それを知る術を考えよう。
 長は、初めて皆に秘密を持つこととなった――。

 それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】

著作:紫草


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