大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――

『思ひ出語り/天上界8』
水鏡1

 ジュラが天上界を去って、幾歳が過ぎたであろうか――。

 初めの数年はじっと待っていた。
 その後は考えぬように待っていた。
 最近では、もう連絡をしてこないかもしれないと予感しながら、それでも、まだ待っている。
 空間の河そのものまで閉じて往くとは全くジュラらしいと、後で報告を受けて思った。
 それで本当に消息は二度と分からないと、長は覚悟を決めた。

 ジュラは、それまでの河渡りと少し違っていた。
 美し過ぎたのだ。
 禍々しいまでの美しさは、龍を遠ざけた。
 何年も何年も、彼は自分と箱しか見ることがない生活を送った。
 そこへ、リューシャンがやってきた。
 仲間からはじき出され行き場を失った彼女は、見えない空間の河へ向かったのだ。
 ジュラの姿は、その者を心から信じなければ見ることはできない。リューシャンの瞳に彼が映るのか、長は影より見守った。
 彼女はあっさりとジュラを確認し、それだけではない。ジュラの心の中に入りこんだ。
 そして本来、感情を持たぬ“河渡りの者”の心に添った。
 いつか竜のなかの最高位にいるかもしれぬ、と長はジュラを思った。
 龍の心を癒した彼は、空間の河を閉じ天上界を切り離した。リューシャンを想うことを優先するならば、最早、知らせはないだろう…

 いつしか龍族は、天界を疎ましく思うようになっていた。
 誰が決めたことなのかすら定かでない約定を守ることに、正直憤りを感じている者もいた。
 彼奴は、毎回舩を出し戻ってくる。それすらも、戦渦を運ぶのではないかと恐れる者もいた。それは星の初めよりの慣わしであった筈だ。
 いつしか龍族は我が身が一番だと思うような愚か者が増えたのだ。

 龍族にも仲間はあった。いくつかの星の往き来もあった筈だ。それが、いつしかなくなった。一族の繁栄が続いている時はいい。
 しかし現在、明らかに龍の生まれる数も寿命も減ってきている。
 長は、永く続く歴史に埋もれた真実を探ろうとした。
 リューシャンは何故生まれ、地上へと往くことになったのか。
 もしかしたら、彼女の中の本能が父を求めたのだろうか。

 今は何も判らない。
 水鏡にはリューシャンは映らない。
 否、ザキーレも天界も、そしてジュラ本人すらも映ることはなかった。

 長は、ふと思い出した。
 ジュラの最后に云った言葉。
『青龍の水鏡』
 永く待ったせいで、すっかり忘れていた。
 青龍の水鏡。果たして彼がそれを視せてくれるかどうかは、長にも分からなかった…。

剣 『青龍刀を持つ者を追い出した』
 ザキーレを天界へ送った時、彼に云われた言葉だ。あれ以来、青龍は長に会おうとはしない。
 今度も門前払いを食わされるかもしれないと、長は重い足取りを青龍の居る海に向けた――。
 これが皆の消息を知る、最后の頼みの綱となる。

 それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】

著作:紫草


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