大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――

『思ひ出語り/天上界9』
水鏡2〜東の海の王〜

 世界の東に位置し、その海に君臨するは龍王。
 しかし、いつしかその名は有名無実となり、天上界という名の小さな世界となり果てた。

 龍族のなかより生まれし青龍刀を持つ者を育て、多くの世を守るための青龍を出す。
 青龍刀を持った者にだけ口承により与えられる不文律。ただ、いつの頃からか青龍刀の出現率は低下してきている。

 龍族の力にも限界がくるというのか…
 しかし天上界の東を守る青龍には、どうにもならないことである。

 ザキを天界へなど送るからだ。
 どうせ送るなら、私にすればよかったものを…。
 ザキならば、まだ若い。この後、春宮の不在を耐えるだけの時をかせぐことは可能だったろう。
 龍族でありながら、青龍の後継に悩むことになるとは。
 長は、たびたび此処を訪れた。
 しかしザキを放出した後、会ってはいない。そのくらいしなければ、怒りは治まらぬ。

 長…
 否、東海龍王。
 何が悲しくて、東の海の王の名を捨てたのだ。
 ご自身こそが誰よりも、立派な青龍刀を持っているというのに。

 天上界の後継と、青龍の後継。
 地上界からやってきた男がいたな。あれの躯には龍の匂いがある。先祖返りをした人なのかもしれぬ。
 しかし必要なのは、ふたりの後継者。
≪馬鹿馬鹿しい。青龍など、この東の海には必要ない。長が兼ねれば済むことだ≫
 青龍が、そう云い放った時、長の訪れを知らされた。
 永い時、無視をし続けた長。
 今、門を開く意味を彼は気付くだろうか…

 驚く長の顔を見るのも、久し振りだ。
≪老いた我に驚いたのか≫
「そうではなく、この門が開くとは思っていなかったので」
 そう思う程、時が経ったか…
≪それで何の用だ≫
「地上界のジュラから、ここの水鏡に知らせを送ると約束したことがありました。もう諦めてはいます。今更消息を知っても何もしてやれない。ただ無事なことだけでもいい。知っていたいと思います」
 珍しく真剣な眼差しを向ける長に興味を持った。
≪地上界。ジュラが何故、地上界へ往く≫
「リューシャンとザキーレを捜して――」

 今度は、こちらが驚く番だった。
 ザキたちが地上界に居るというのか…。
「リューシャンのことは聞いていますか」
≪白虎が知らせてきた≫
「何の気まぐれか。シヴァが二人を人界へ送ったと」
 青龍は黙っていた。
 考えているのか、悩んでいるのか。それは本人にも理解できていなかった。
≪ジュラでは無理だろう。此処と地上界では遠すぎる。今では空間の河が閉じ、水というだけでは繋がらぬ。ザキを呼んで遣る≫

「青龍殿。もしや寿命がくるとか」
≪そうだな。少し永く生き過ぎた。もう後継を決める時期だ≫
「ザキーレを呼び戻すと」
 青龍は頷いた。
 すると長は、憂いに沈んだ顔を見せる。それは余りに様子がおかしいと感じた。
≪どうした≫
「ザキーレは戻ってはこない。リューシュンを殺さなければ」
≪何!?≫
「それができなければ、ザキーレ自身が人界での死を受け入れるか…」

 長が帰っていく。
≪水鏡の件はいいのか≫
「ザキーレを苦しめてまで知ろうとは思わない。それより青龍殿の後継をお願い致します」
≪お前が兼ねろ! 東海龍王≫
 そう云って青龍の証しを長の足下に置く。

 そんな青龍を一瞥し、今度こそ彼は去って行った。そこに“証し”を残したまま…
 永く籠もり過ぎたか。ザキだけでなくリューシャンまでもが地上界にいるとは。

≪本当に頑固な奴だ≫
 そう呟くと、物思いに耽りながら青龍もまた雨の中に姿を隠した。
 雨中の東海も、清浄な空気とは云えなくなってしまっている。

 少しでも生きながらえるのが、今の我の一番の仕事か…

 それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】

著作:紫草


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