大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
人の愚かは今に始まったことではない。
それは永く伝わる神話の不文律にも云われている。
奈良の都は美しく、それなのにこの四神相応の土地を捨てるという決断を人は簡単に行ってしまう。
朱雀の怒りが炎となり奈良の峰々を焼き尽くすかのようだ――。
本来、一つ土地を守るため四神が揃うのは珍しい。
此処は、それが揃う数少ない相応の土地であったのに。その上、珍しく四神の合性も良かった。
しかし、いつしか玄武は此処を去り北山杉の森へと動いた。皮肉にも次の都が遷る場所だ。
遷都は、奈良に残った三神が再び別れることを意味した。
何故なら朱雀は此処を離れない。
朱雀には奈良を離れぬ訳がある。
≪忘れぬのは、朱雀の想いだ。人のことなど気にするな≫
朱雀は自分の領域に入り込んでいる存在に気付かなかった。
そんなこと、ありえる筈ないのに。
≪誰だ!≫
しかし、その答えは必要なかった。
≪黄竜…≫
四神の四方を決めるための中心にいて、その中央を司るもの。
≪何しに来た≫
しかし黄竜はその問いには答えることなく、世間話のような口調で別なことを云い始める。
≪不思議なものだな…≫
同じ星にいても、我等の神を受け入れる国と別の神に転じてしまう国。だからこそ我等は、この地を選ぶ。
地震により土地が割れてしまっても、この辺りの人は四神を信じ神を信じ生きている。
≪しかし、そろそろ忘れ始めたのかもしれぬ≫
黄竜はそう云って、翼を大きく拡げて見せた。
≪流石に、大きさが違うな≫
朱雀は苦笑いの中に、優しい気持ちを思い出した。
≪朱雀は此処に残る。新しく都の置かれる場所は、どうなる≫
一瞬の隙をつかれたようで、言葉を失った。暫し気持ちを落ち着け、云い切った。
≪火を操る龍がいる。あやつに全てを託す≫
迦楼羅か…と黄竜が口にする。やはり知っていると朱雀は思った。
≪禽族でもない迦楼羅に、朱雀の地位を譲るのか≫
≪それもいいかと思った時もあった。でも約束をした。この地に眠るあの男と。だから自分の寿命がくるまでワタシは朱雀のまま此処を離れない≫
それを聞くと黄竜は満足そうに笑った。
≪青龍は天空に還るそうだ。新しい青龍を送ってこられるほど龍族は今、恵まれていないようだな。そこで水の龍に代行をさせると云っていた≫
なる程と、朱雀が笑う。
何か意味のある二人だと思っていた、と。
≪四神相応。残りは白虎。迦楼羅がいるなら問題ないだろうな≫
云いながら黄竜に背を向け、朱雀は空に飛び立った。
もう、その身を真っ赤に燃やすほどの怒りはなくなっていた――。
見上げた黄竜もまた、逆の方角へと羽ばたき飛び上がる。
≪この国も、いつか言葉だけの四神となってしまうかもしれない≫
空に黄金の一筋を残し、黄竜は何処へともなく飛び去り消えていった。
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】