大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――

『思ひ出語り/地上界21』
伽耶2〜遷都〜

「それで結局、どうなったんだ――」
 露智迦は、珍しく伽耶の昔話に耳を傾けていた。
「笑っちまうだろ。天帝が俺を創った時に金の海に落っことしたって云うんだぞ。それで現れた男の第一声が“よく生きてたな”だからな」
 二人の男は顔を見合わせ大笑いをする。
「ヤゲンが、否その時は名前は知らなかったが、小角の山里へ連れていった。俺はそこで多くを学び、天帝に呼ばれるまでの長い時を人として暮らしたんだ」
 伽耶は自分が普通の人とは違うことに気付いていたという。
 それでもあくまで人であり、いつか人として家族を作り暮らしてゆくのだと信じていたと。
 あの山里に行って、そういう人であって人でない者達を多く見た。だからこそ信じていたと。
「天人なんて誰が信じる。でも初めて天帝の許へ往くと言われて、やはり自分は違ったと男泣きしたのを憶えている…」

「伽耶。お前の身の上話は分かった。それで本当は何を言いたいんだ」

 露智迦って嫌い。
 伽耶は、ぼそりと呟いた。
「何だって!?」
「否。人が都を遷すそうだ」
 今度は露智迦が、またかと呟いた。
 しかし、人の政が浅墓に移ろうのは今に始まったことじゃない。何故、今回に限って露智迦を呼び出してまで、その話をするのだろう。

「外つ国の慣わしに従って、場所をもっと北に遷すという」
「北…」
 人とは愚かだと伽耶は言う。
 外つ国の文献にあるからといって地形が合っているからといって、そこに四神がおわすと何故思う。
「そこには四神はおられぬ、と…」
 此処は火を噴く山と地震の国だ。小角の言うところには、多分玄武様がおられるのが次の永く都となる場所だろうと。
「だが朱雀はこの地の南にいる。今、この国に白虎はない。青龍は露智迦が兼ねているようなものだろう」
 知っていたのか、と露智迦の小さな声が嘲笑う。
「隠しきっている心算であったのに、意外と難しいものだな」
「俺のこと、莫迦にしてる?」
 否…
「それで、どんな相談だ」
「お前と迦楼羅で、次の都を守ってくれ」

  !

「莫迦を言うな。何故、我等が人を助ける」
「小角のとこの仲間だった男が未知を視た。今度の都は永く日の本に君臨する帝を置く場所になるだろうと」
 伽耶の目は真剣だ。露智迦にも、それは分かる。
 しかし何故、我等だ。散々人から苦しめられた我等が、何故人を守るんだ。
「いつか、お前たちに関わる誰かが、その都で暮らすと言ってもか」
 何?
「お前… ずるい奴」
 驚愕に匹敵する程の驚きを与えておきながら、伽耶は笑んでいる。
「お褒めに与り光栄です」
 露智迦は少しだけの抵抗を試みる。
「玄武様は元よりおられると言ったな。我等が行ったとしても、西の守りにはなれぬぞ」
 すると伽耶の顔が、してやったりと笑った。
「浮く島の“彼”が、迦楼羅の為ならと動いて下さるそうだ」
 あの白虎様が…
「全くお前って奴は。開いた口がふさがらん」
「何、ずっと棲めというわけじゃない。都といってもお前たちにとっては大した距離じゃないしな。それに人は何処でも戦渦を繰り返すものさ。其々の場所に象徴となるようなものでも建てておけば人は恐がって近づかんだろう」
 そして偶に都へ下りるついでにでも、其々の場所を視てきてくれるだけでいいだろう。
 伽耶は、それだけ言って露智迦の許を離れた。

 山の奥。
 最初に露智迦を見つけた場所。
 何か話がある時は、必ず此処に呼び出した。

 記憶、いつの間に戻っていたんだろう。
 はっきりと聞くことはなかった。
 それでも露智迦は露智迦だ。
 小角の仲間からの話と言ったが、実は嘘だ。未知を視たのは、伽耶自身だ。
 この郷も迦楼羅も、そして那宇羅も失くしたくはない。
「俺の人恋しいって気持ちは、最初の母に植え付けられたのかもしれないな」
 その顔に微笑みを浮かべながら、伽耶は恋女房の待つ家への帰路につく。

 やがて唐突ともいえるような遷都の発令にて、一旦は落ち着きそうにみえた長岡の都は様々の災いに見舞われ、時の天皇が再びの遷都を決める。
 後に平安京と呼ばれる葛野(かどの)への希有希有(げうげう)しいまでの遷都は、奈良の土地から多くの人と文化を連れ去っていった――。

 それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】

著作:紫草


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