大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――

『思ひ出語り/地上界25』
露智迦5/迦楼羅11

 祭事とは、季節と長が決め、郷に恵みをもたらす為に行われる。
 個々のためのものは祭事とは呼ばず、宴として皆が集まり公言することで祝いをもらう。
 新しい年を迎えると、皆で祝いをするように家族ができれば祝い合う。
 しかし露智迦と迦楼羅には誰も祝いを言ったことがない。
 迦楼羅の母親がしたことを、いつしか皆が噂しあい、二人が結ばれても祝う席がもたれることがなかったからだ。
 直後、迦楼羅が眠ったままでいたことも、少なからず影響はあった。
 一度、そのきっかけを失うと人はなかなか動けない。

 露智迦は天人であり、天界では全て天帝が決め行われた。
 だからこそ人界の、祝い事の意味がよく分からない。
 ただ迦楼羅は別だ。彼女は人の子として生まれ、人の世で生きている。
 果たしてこのままでいいものか、と近頃思うようになった。
 しかし、これも今更と言われればその通りなので、誰にも聞くことができない。
「でも祝って欲しいだろうな」
 思わず声に出た、露智迦の呟き。
「何を祝うの」
 すかさず迦楼羅に問い返され、お前耳良すぎ、と誤魔化した。
 広大な丘の端と端。
(本当に耳が良すぎだ)
 今度は胸の中で呟く露智迦だった。
 すでに誰もが知る二人の関係に、何の祝いだろう。
 迦楼羅は、どう思っているのだろうか。

 そんな頃だった、郷の娘の一人が露智迦のもとを訪れたのは。
 まだ幼さを残す娘は、伽耶に伴われやって来た。

 伽耶と違い、露智迦は家を一つしか持たない。
 ただ小さな子供たちが毎日迦楼羅のもとにやって来る。その為、手狭になったので少し大きくするために部屋を増やしただけだ。
 夜は、それぞれ親のもとに帰る。隣には迦楼羅がいるだけだ。
 その中で、娘は自分をここに置いてくれと懇願した。

「そういう話なら連れて行け。ここには置けない」
 露智迦は伽耶に言い、伽耶もそうだなと娘の手を取ろうとした。
 ところが、手を振り払われ思わぬ反撃に出られてしまう。
「頼みたいことがあるからと連れてきた。そういう話なら聞けない。郷にいるつもりなら約束事は守れ」
 珍しく伽耶が叱るように大きな声を出した。
「嫌だ。私はここがいい」
「ここは駄目だ」
「どうして」
 娘が露智迦の近くに移動すると、彼の腕を掴んだ。
「帰ってくれ。面倒なことはごめんだ」
 掴んだ筈の腕が簡単に外され、娘は驚きながらも再び露智迦に抱きついた。
「決まった相手がいないのだから、私もここに住む」
 その言葉を言い終わらぬうちに、伽耶が彼女の頬をぶった。
 流石に彼女も怯んだようで、その一瞬の隙をつき伽耶が彼女の腕を掴む。
「悪かったな。見た目よりも女だったようだ」
 娘は暫く伽耶の腕を逃れようともがいていたが、諦めたのか。大人しくなり座り込んだ。
「否。慣れてる」
 露智迦が、溜め息と共に口にする。確かに、そうだ。
 露智迦は迦楼羅と一緒に暮らしてはいるが、決まった相手ではない。
 何故か、郷の者はそう思っている。
 だから時々、こういう娘が舞い込んでくるのだ。
「露智迦」
「何だ」
「長に言って、ちゃんと二人のことを認めてもらおう。そうでないと迦楼羅が可哀想だ」
 それは露智迦も同じ思いだ。
 しかし、どうしたらいいのか分からない。
「俺が長に話そう。どうせ、もう郷の娘を相手にしたりはしないだろ」
 伽耶の言葉に、素直に頷いた。
 力のある露智迦との関係を望む娘は多い。
 でも特別な力だからこそ、何の力も持たぬ娘が孕めば命を落とす。
 長からの厳命で、どんなに望まれようと長の目の届かぬ所で女を抱くなとはっきり言われたこともある。
 今は迦楼羅がいる。
 でも皆に公言していないから、露智迦には決まった相手はいないことになっている。
 男たちの方が迦楼羅を襲うなどという暴挙には出ないが、女たちの本能は、強い男の子供が欲しいという欲望に正直だった。

「婚を祝う、なんてどうだ」
「迦楼羅が、それで認めてもらえるのなら何でもいい」
 照れたように言う露智迦の背後に迦楼羅が現れた。
「私は今のままでもいい。皆が困ることをする心算はない」
 それは母親のことを含んでのことだろう、と露智迦は思う。
「俺と一緒にならないことを選ぶか」
 その言葉に娘の目が輝いた。
 しかし娘が何かを言う前に、伽耶が外へと連れ出した。

「違う。私は露智迦のモノだ。他の女は関係ない」
 迦楼羅は見送った女に対する複雑な気持ちを持て余し、母親の中に視た女の嫉妬を思い浮かべた。
「露智迦を独り占めするだけのものを、私は持ってないから…」
 その言葉を聞き、露智迦は迦楼羅を抱き寄せた。
 肩を落とした彼女の想いを辛いと感じてしまう。
「何故、公言することを拒む」
「私はまだ子供で、露智迦が大人の女の所に行くことを止められない」
 苦笑い。
 もし、その時の露智迦を見る者がいたら誰もがそう思っただろう。
「それなら、俺が迦楼羅を独り占めする為に公言してもいいか――」

 顔をあげた迦楼羅の表情を見れば、答えは明白だった。
 その日から三日目の晴れた宵。二人は長とおばあの前で公言し、晴れて皆から祝いの言葉を贈られることとなった。

 それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】

著作:紫草


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