大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
人の命は儚い。
禽族の我からみれば、寿命は瞬きをするほどしかなく、また会いにくると残して二度とやってくることはない。
人を待つのは嫌いだ。
幾度も同じことを繰り返す。
出会いと別れ、その時の流れの中に閉じ込められ我は身動きがとれなくなる。
朱雀の証しを受け継いだ時、我は誕生して間がなかった。
人と禽の差も、人と神の差も、そして超常力を持つ人と何も持たない人の差も分からなかった。
ただ一つ、我を恐れる者と恐れぬ者の差だけが少しだけ判った。
あの男は最初から、我を恐れたことはなかった――。
父である天武帝に、正式な皇太子として披露目をされたわけではなく、後に生きた人の書物により“大津朝”は抹消された。
周りにいた、友とも仲間とも呼べる者たちに次々と裏切られ、次の朝廷を執った持統女帝により、その歴史から死を賜る。
誰よりも強く、選ばれたようなその凛々しい姿は人の中でも群を抜いて優れていた。
しかし実際、彼は異母兄弟であり従兄弟であった草壁皇子との闘いに敗れたのだ。母の存在という権力に負けて。
大津との出会いは偶然であった。我が治める為にやってきた南の山に彼は独りで現れた。
幾度か現れ、その度に心の内を吐き出してゆく。
最期となると言った訪れに、朱雀は耳を疑った。
全てを捨てて、生きるだけの選択すら残されていないと言ったのだ。
多くの人が再来を約束する中で、彼だけが二度と会えないことを厳しい口調で吐露して去った。
悲しい生への叫び。
四神として南を守る決心をしたのは、その時だ。
人は我の許しも得ず、朱雀の名を使い政を行った。一番、我を受け入れた大津の死の為に今も朱雀の名が歴史に刻まれている。
彼との約束だった。
体の一部、髪の一本でもいいから、この南の山に埋めてくれと。そして永い眠りを妨げられぬよう、朱雀の守りを置いてくれと――。
人は嫌いだ。
自分勝手で、四神を自由自在に操ることができると勘違いするから。
何かの政の度に神を祀り、押し付けるような要望が続く。
誰も、神を見たことがないから、どんな願いも思いのままだ。
叶えられなければ、巫女や斎宮に責を取らせる。
大津の姉も斎宮であったが、権力により失脚したのだと聞いた。
それも朱雀である我には関係がない。
我は南を守るだけだ。
大津の眠りを妨げぬよう…
人型を取り彼を埋めた場所に佇むと、朱雀の瞳に涙が浮かぶ姿を見ることができるという――。
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】