大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
ジュラを連れて、迦楼羅は山奥へとやって来た。
迦楼羅にとって、そこは取って置きの場所。
露智迦も来ない。伽耶も来ない。
誰も来ない、その場所にジュラを連れて来る気になった。
何故そんなことを思ったのか…
≪此処が、そう?≫
ジュラが聞く。
「そう。この水は特別な水なの」
そして迦楼羅は初めて、この水を受け継いだ時のことを話すことになる。
昔、火の力に苦しんで山を彷徨ったことがあった。
暴走するかもしれない力に、郷を離れようかとも思った。
でも露智迦と離れたくなかった。苦しくて辛くて誰にも言えなくて、この場所で泣いた。
「その時だった」
目の前に、輝く黄色の竜が降り立った、と彼女は言った。
≪黄色の竜…≫
「そう。その竜は、黄竜と名乗った。私は彼に助けられた」
その話を聞いた瞬間、囲んでいるように生えている竹林がざわざわと風に靡く。
ジュラは聞いたことがあった、その名の竜を。
≪中央を司る神。ワタシの種族から生まれると聞いたことがある≫
迦楼羅の顔が、目一杯驚いている。
「空間の河の者。それは龍族とは別の種族なの」
≪ワタシは天上界に属さない。でも龍族の近くで生きる。それぞれの宿命を背負いながら≫
それぞれの役目は知らない。ジュラは、きっと舩を操ることが役目だったのだろう。
でも、それを捨ててきた。
≪この先、どうなるのかはワタシには分からない≫
迦楼羅は黙って何度も頷き、そして微笑んだ。
「この水は私の火を治める。ジュラがあの竜に繋がる者なら、尚更ここに棲んで欲しい。水が濁らぬように澄んだまま湧き続けるように、守って欲しい」
彼女の真っ直ぐに自分を見る瞳に、希望を見た。
自分たちは、長老や長という仲間に会うことはない。
この水が仲間に繋がるのだとしたら、そこは居心地がいいだろうか。
「花で舟を作るんでしょ。隠れる必要はないと思うけれど」
≪否、ワタシの作る舟は人には見えないから、無理に隠れるつもりはないよ≫
何だ、と迦楼羅ががっかりしているのが分かる。
≪此処は秘密の場所なんだろう。見つからない方がいいんじゃないのか≫
「それもそうだね」
そう言い笑うと、舟を作るなら一緒に作ると言う。そして近くから材料になるものを探してくると竹林に向かって入ってゆく。
その間際「此処は結界が張ってあるから、その仮面外していいよ」と残していった。
結界…
そういえば水の流れの音以外、何も聞こえてこないことに初めて気付いた。
相変わらず、面白い。
出会えたことも再会できたことも、誰に感謝しようかと、ずっと思っていた。
ジュラは初めて、自らの種族に感謝した――。
空を全て覆ってしまうかのように生える竹林を見上げ、ジュラは思いを馳せた。
≪いつか黄竜に遇えるだろうか≫
その後の宿命を、ジュラはまだ何も知らなかった。
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】