大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
四神は離れ、都の置かれた南には純粋な朱雀はいなかった――。
そろそろ身の内の力が、衰えてきたことを朱雀は感じていた。
これが寿命というものか、と人の言葉に置き換えてみたりもした。
しかし人とは大きく違うことがある。
ただ、このまま朽ちるわけにはいかぬ。
禽族の長に、次の南の守り主を授けてもらわなければならない。
平安京という場所に、朱雀の証しを運ばねばならぬ。
最期の力を振り絞り、朱雀は空を飛んだ。
その飛翔に迦楼羅が気付く。
どんなに離れた山にいようと、迦楼羅の潜めた火の力が朱雀を感じる。
「朱雀が飛んでいる…」
外に出ると、闇夜に赤い一筋が遠い空に見えた。
「何だろう」
何だか、どきどきする。その胸騒ぎは、どんどん強くなる。
「露智迦。南へ行って来る」
気持ちを集中し跳ぼうとする直前、露智迦が、自分も行くと出てきた。
今では二人の躯を跳ばすことくらい、何でもない。迦楼羅は露智迦の躯を掴むと空間を跳んだ――。
朱雀のいる筈の南の山に、人型をとった彼女がいた。そこは彼女が人の中で唯一友と呼ぶ男の墓だ。
佇む彼女の胸に、赤く輝くものが包まれる布を透けて見えている。
「朱雀様。何か、ありましたか」
その姿にのまれてしまった迦楼羅に代わり、露智迦が尋ねた。
その言葉に彼女は、振りかえった。
近づいてくる彼女の手から、光る包みが迦楼羅に渡された――。
「お前にやる。後のことは禽族の長か、黄竜に聞け」
何を云っているのか、二人には分からなかった。ただ露智迦は自分の持つ証しを思う。
「もしかしたら朱雀の証し、でしょうか」
「流石に青龍殿には判るか」
「しかし迦楼羅は人です。いくら生まれ変わりとはいえ、元は龍族であり朱雀を継ぐ位置にはありません」
驚く露智迦が、恐れている。
「朱雀自身が後継を決める場合、それは禽に拘ることはない」
確かに、それはそうだが…
言葉を失う露智迦に、朱雀が微笑む。
「我は、もう長くはもたぬ」
「えっ」
迦楼羅が初めて、反応した。
見ると朱雀の姿に戻ろうとする彼女から、真っ赤な光が溢れている。
≪迦楼羅、忘れるな。四神は人のためにあらず。黄竜決める南の方角を治める者だ。人との間に距離をおけ。もうそういう時期だ≫
呆然とする迦楼羅の前で、手渡された朱雀の証しが光り始めた。
それは先程の赤い光りではなく、金色に輝くような目映いばかりの光りだった。
刹那、迦楼羅の内に刻まれる記憶と姿が蘇った――。
(シヴァ… お前、封印していたのか)
露智迦の呟きは闇に消えた。
「リューシャン…」
その姿は正しく、天界に生きたリューシャンだった。
≪今も迦楼羅は人のままだ。しかしこの先、お前のことは禽か黄竜が見守るだろう≫
朱雀の姿というよりは、朱雀の形をした金の龍が現れた。
天空に飛び立つ迦楼羅の姿は、人と火龍の間にあって禽の中に受け入れられた金の朱雀ということか…
露智迦は、天空に舞う迦楼羅の飛翔を暫し美しいと眺めた――。
平安の都に四神が揃う。
それが何を意味するのか。
それは誰にも判らなかった…。
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】