大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
一族に繋がる川――。
ここに居ることが、果たしてどちらに転ぶだろうか…。
露智迦の見守る聖水とは違う、特別な湧き水だと迦楼羅は言う。
湧き水が作るこの小さな湖のような場所と畔、そして此処を源流とする川は迦楼羅のためにだけあるという。
確かに流れる水なのに、この川は郷へは出てゆかない。
結界で守るのは迦楼羅かと思っていた。
でも、違うと言う。
なら、この強力な結界は誰が張るのだろう。
竹林と源流と、そして取り巻く植物の全てが、此処を守っている。
舟は迦楼羅が形を決めた。
丸太を切り出し竹を切り、そして花を摘んだ。
こんなに摘んでどうするつもりかと思うくらいの、薄い黄色の小さな花。
色はジュラの雰囲気だからと言っていたが、薄い青い色の花がなかったからだとも付け加えた。
二人で作った小舟は無事、川に浮いた。
川の流れに逆らうように、淀むのではなく浮いている。
「この舟なら、ずっと暮らせる?」
そう言った迦楼羅の不安そうな顔があった。
≪平気だ。舟の中なら永遠と思える時間でも暮らせる筈だから≫
「それじゃ淋しすぎるよ。ジュラは郷に来る?」
その言葉に含まれる、微かな感情が流れてくる。
≪迦楼羅が近くにいて欲しいと望めば、きっと分かる。その時は郷へ行く≫
分かった、と迦楼羅が舟を覗き込む。
「これ、私が乗っても壊れないかなぁ…」
思わず笑ってしまった。
≪お前が作ったようなものだ。主を締め出したりしないだろう≫
迦楼羅のいつもは見せない表情に、天上界の頃を思い出す。
≪生まれ変わりと言っていたな。もう以前の自分に未練はないか≫
刹那、迦楼羅の動きが止まった。
≪答えは要らない。舟に乗りたければいつでも来い≫
うん、とそれだけ言って頷くと迦楼羅は帰っていった――。
月に一度か二度の割合で迦楼羅はやってきた。
火の力を抑えるために。
舟に乗るために。
そしてジュラに会うために。
「どうしてかな。ジュラって、ふっといなくなってしまいそうだから」
そんなことを言う彼女の方が、余程、突然いなくなってしまいそうだと彼は思う。
「絶対、勝手に何処かへ行ったりしないこと」
これが迦楼羅との一番大切な約束になった。
約束は守られる、地上界に留まる限り。
そしてジュラ自らは、迦楼羅と露智迦の近くから離れる心算はない。
いつか仲間に見つけられるまで、この花舟に身を隠す。
ひっそりと誰にも知られぬように、人界の中で…
白虎に封印された仮面、その中に全ての力を封じ込めて――。
たとえ、仲間であっても気付かれぬように…
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】