大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――

『思ひ出語り/地上界34』
仮面の男9〜黄竜3〜


≪随分、感じが変わったな≫
 ある日、黄竜が呟いた。
 黄竜の滞在は数ヶ月にも及び、まだ動く気配はない。
「迦楼羅のお蔭だと云いたいのか」
≪否、違う。お前自身の匂いが変わったんだ≫
 俺自身の匂い!?
「何だ、それ?」

 しかし黄竜は、ほくそ笑むだけで何も答えようとはしない。
「まだ何か、隠してそうだな」
 するとジュラの言葉に「まぁな」とだけ答え、そっぽを向いた。

「黄竜。お前は何をしてはみ出したんだ」
 そのジュラの言葉に、彼が振り返る。そして、まじまじとジュラの顔を眺めた。
 いつしか二人の間柄は上下関係というより、対等に近くなったような気もする。言葉使いという意味では黄竜は殆んど言葉を発しないが、やはり気さくな感じは増したような気がした。
「変なこと、聞いた?」
≪否。俺がはみ出したのは、お前に似てる。人を好きになって仕事を放棄した≫
 それを聞いて、ジュラを目をぱちくり状態。
「ちょっと待て。俺は放棄したわけじゃないぞ」
≪知ってるよ。でも本来、俺たちは個体に気持ちを残すことがない。でもお前も俺も執着したことになる。俺は、その罪で黄竜にされた。今は比較的自由にさせてもらえるけれど、初めは容赦なく中心の結界に置かれたな≫
「誰に」
≪ヴィシュヌに≫
「…冗談だろ」
 ヴィシュヌなど、生きているうちに遇う者は殆んどいないとされる最高三神の独りだ。
 ジュラは話として知っているだけで、勿論遇ったことはない。彼が遇ったことがあるのはシヴァだけ。それもリューシャンを迎えに来ていた彼を遠目に見たにすぎない。
「お前の役目って、何だったんだ」
≪天上界の水の脈を管理すること≫
 そりゃ、閉じ込められても仕方ないな。

 いつだったか。
 大昔に空間の河にまで捜索された者があったと聞いた。
 あれがお前だったのか…
「あの時の影響で天上界の水の脈は、半数を失ったんだ。よく無事だったな」
≪長が…。先代の長が匿ってくれた。地上界との役目を増やしたのは自分だからと云って≫
 先代の長か。
「時が経ち過ぎて、その件は他言厳禁になっていた。まさか黄竜だったとはな」
≪当時は、サラという名で呼ばれていたけど≫
 彼はそう云って笑うと、舩を出て行った。

 人に執着した。
 確かにそうだ。
 迦楼羅と露智迦が無事なことを知った。長へも伝えた。もう、この場に残る必要はない。
 なのに自分は此処を離れない。
≪黄竜という立場は辛いか≫
 ジュラが外にいる黄竜に声を飛ばした。
≪そうでもない。ただ黄竜という名しか知らない奴ばかりのなかで生きるのは、淋しいかもな≫
 ジュラは舩を降りた。
「なら俺が呼ぼう。お前をサラと」
 彼が振り向いた。
≪だからジュラって好き≫
 莫迦な奴…。
 サラが人型を解き、竜の姿に戻って天へと昇っていった――。

 それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】

著作:紫草


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