大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
天界に於いて、中心を意味する場所がある。否、場所というのは間違いか。
“要”という名を与えられる者の、部屋だ。
サクジンが地上界へ下りるずっと前からそこには要の者が在り、やがて寿命がくると再びアニヨンが要を創る。
誰が始めて、いつから続いているのかは誰も知らない。それをいうなら、天界そのものの誕生もサクジンには分からなかった。
ただ彼が知る要は、最初背の低い男の姿だった。彼はいつも同じ場所に居て、その部屋を出ることは一度としてなかった。
サクジンは長く地上界に下りて、もう天界に戻ることはないと思っていた。それが突如、命令とも呼べる文が届けられた。長く使われなかった、天界との滝。
その内容は何もない。ただ戻れとだけ書かれていた文が、初めて開ける木箱の中身だった。
どんなに郷で暮らしても、サクジンは天帝の物だ。
いったん往って戻ってきてもいい、と軽い気持ちで滝に入ることにした。
ところが天界はサクジンの知るものではなくなっていた。
浮島こそ同じように在ったが、ザキーレはサクジンと入れ替わりに地上界へ往ったと聞いた。
浮島は天界を守る、もう一つの安定の場所。そこを守る為、天界に力を持つリューシャンとザキーレが呼ばれた。その筈だった。まさか、浮島に登って暮らしているとは思わなかったが。
そのザキーレがいない。
何が起こったんだろうと、随分以前に造った要の部屋を訪れると、隣に女の子とも呼べる女性がいた。
「何故、此処にいる」
そう声をかけた。
彼女は何も答えなかった。ただ何も見えていないような瞳を、空に似せて塗りつぶした青を見上げるように向けていた。
その時、背後から声をかけられた。
「誰だ」
「ランジュラー」
彼は天帝の右腕であり、宮殿の総責任者でもある。
「サクジン…」
何とも言えない表情を見せる彼に、何かがあったと予感した。
「彼女は?」
「ナーリアという。要の者だ。今は此処に居るだけで、本来の役目は果たしていない」
激怒という感情をサクジンは知らない。
だが今、初めてのこの感情が怒りなのかもしれないと思っていた。
「天帝に会おう。全てはそれからだ」
ナーリアといった要の役目を果たさない、要の者。
誰が何をした。
天界は、これからどうなるのだろう…
サクジンは天帝がいるという宮殿の奥へと向かった――。
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】