大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
浮島の桃苑は花の盛りを過ぎ、今は実った桃が枝を下げて豊穣である――。
木々が花をつけ育ち、やがて子孫を残すため実り始める。
それまでも多くの果実を見てきたし、仙の持ち込む種は確実に増えていった。
鳥たちは囀り、木々の間を飛び交い、そして花粉を運ぶ。
浮島は、果実の宝庫となった――。
やがて待ちに待った桃が実をつけた。
「白虎様、これを宮殿に納めるのは決まっているのですか」
リューシャンはザキーレや仙たちと、桃の木を見て廻っていた。
「仕方がないな。あやつも、この木は特別だからな」
このところ、人型を取ったままでいる白虎が桃に手を翳しながら答えた。
「勿体無いな…」
そう呟いたリューシャンの隣にザキーレが近寄った。
「待っておられる。浮島で独占しては、また風当たりがきつくなるのは必至だ」
う〜ん。それは嫌だ。
リューシャンの苦虫を噛み潰したような顔を突くと、白虎が云う。
「知らせがあっただろう。久方ぶりの浮島の桃の収穫だ。多分、今回は此処で収穫祭をすることになるだろう…」
ふてくされたままでいるリューシャンの頭を、白虎が撫でて機嫌をとってでもいるように顔を覗き込んでくる。
「分かっています。収穫祭は天界にとって大事な行事の一つ。私も必ず出席しなければならない」
よくできました、とザキーレに言われ、リューシャンは笑うしかなかった。
下でも、その時々に於いて収穫祭が行われる。
白虎様の言葉を借りれば、浮島も特別扱いはなく収穫があれば候補になる。
そして、とうとう桃が稔った。
「断わる理由は、たぶん何もないな」
それでも白虎様だって、大事に育ててきたものを全部与えてしまうつもりはないだろう。
「天帝への知らせは、どうするの」
「俺が行ってこよう」
ザキーレが答えた。
そうだな、と白虎も云う。
「でも、どうせ収穫したらすぐに飛んでくるだろうからな。ゆっくりでいいぞ」
その言葉に思わず皆で大笑いをしてしまった。
「やっぱり勿体無いって思ってるんですね」
リューシャンは笑いながら、白虎に抱きついた。
最近では、あまり驚いてくれなくて少し物足りないと思うリューシャンであった。
収穫までは、あと少し。
それまで大事に大事に育てよう。
収穫祭の仕度は、それからだ。
それに果物は桃だけではない。次の実りを待つ木々もある。
皆は、いつもの仕事に戻る。
幸せな光景は、桃色に染まった浮島を見渡す時だ。
白虎様が云っておられた。次の稔りの時期には、桃は倍の土地に生ると。
ならば、もっと広い場所が桃色の花に埋まる。桃苑が広がることは、皆の楽しみでもあるのだ。
次の稔りを育てながら、その時を夢見て待つリューシャンだった。
「ヤパ。また、お花の受粉を手伝ってね」
リューシャンは孔雀に似た鳥たちに、名をつけて呼びかける。
白虎は、よく区別がつくものだと感心している。
天界の桃… 否、浮島の桃。
この桃苑を見たら、天帝は何と云うだろう。
天帝がリューシャンに向ける想いを素直に認めるとは思えない。白虎の内に不穏な翳がよぎる。
桃苑の管理に下の役人を介入させるようなことだけは、止めさせなければならないと白虎は深く思うのだった――。
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】