大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――

『思ひ出語り/天界25』
サクジン7

 結局、サクジンには何もできなかった。

 リューシャンは伽耶に連れられ海に落ちた。
 噂で地上界に生まれ変わったと聞き、一度だけ見に往くと、何と自分が孕ませた女の子供として産まれていた。
 ザキーレは片腕を失っていたが、天帝に与えられたという人の腕でも器用にこなしてた。
「迦楼羅に会っていけって言われたっけ」
 宮殿の奥の部屋で一人酒を飲んでいると、天帝が現れた。
「いいことしてるじゃないか」
「まぁな。天帝もよければ、どうぞ」
 そう言って盃を差し出すと、持ってきたと懐から盃を取り出した。
「何だ。お前も、その気だったのか」
 そう言うと、天帝が声をあげて笑った。それは本当に、久し振りに見た彼の笑い顔のような気がした。

「此処を造り直すよ。今度は身代わりの人形ではなく、俺自身が入る」
 ひとしきり楽しい酒を楽しんだ後で、サクジンは切り出した。
 絶句する彼の言葉を遮るように、サクジンは言葉を続ける。
「新しい要を創るだけの力が、ないんだろ」
 それしか考えられない。
 ナーリアも、あれから暫くして地上界へ下りていった。
 此処には今、完全に要の存在はない。浮島と伽耶の治める負の土地との均衡で、天界は存在しているといってもいい。
 なのに、天帝は新しい要を創らなかった。
 彼が何を躊躇っているのか、サクジンには分からない。
 でも一つだけ、はっきりしている。
 要の者の不在は、天界の均衡を崩す。少しでも早く必要としているのだということを、誰よりも知っているだろう天帝に言うことはできない。

「俺は自分のできることをする。すっかり古くなっていた要の部屋を全く新しく造り直す。そこに新しい要を置けばいい」
「人柱と言ったか、人界にはそんな慣わしがあると聞いた」
 よく知っている。そんなに調べてどうする心算だったんだ
「でも俺は違う。封印が解けてしまった原因は分からない。なら作者自身が其処に入ればいい。人の世の言う人柱では決してない」
「其処に入るとは、其処で暮らすという意味か」
「流石に要の部屋で、普通に暮らせる程強くはないな。気にするな。みんなに迷惑かけないように誰にも知られないように埋めてもらうから」

「なら、駄目だ」
 天帝が席を立つ。
「では要の者を創ることができるのか」
 その言葉に彼の足が止まった。
「今は…できない」
 悲しそうな顔を見せる天帝に、云いたくないことを云わせてしまった。
「何故、俺を呼び戻した。俺は自分にできることをするだけだ。天帝は天界の全てを統べる者だろう。なら安定の為に部屋を変えることも必要な仕事だと思え」
 天帝の瞳が潤んでいる。
「以前の部屋は手をつけない。何があったか、後で必要になるかもしれないからな。浮島へ行ってくる。白虎様にあそこの竹林を分けてもらうよ」
 そしてリューシャンたちが育てた樹も一緒に使おう。本人はいなくとも、二人の育てた樹木ならば力はあるだろう。

 やがて天界からサクジンの姿が見えなくなると、地上界へ戻ったと噂が立った。
 真実は誰も知らない。
 部屋を造り、その中央に埋めた神のみが知るだけだった――。

 それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】

著作:紫草


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