大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
いなくなる…
ジュラが。
いつと決まった話ではなかったのに、寂寥感を覚えた。
不思議な奴だ。
いつの間にか、みんなの心の中に入り込み親しんでいった――。
最初に現れた時、近くに置きたくないと直感的に思った。
迦楼羅を取られてしまうという感覚。迦楼羅の瞳が他に向けられる嫉妬。何より良い男だと自分自身が認めてしまった。
それなのに今、聞かされた瞬間の思いは安堵ではなく寂寥だった。
迦楼羅の言葉は、いつも変わらない。
いつものように感情を抑え、いつものように静かに話す。
唯一、いつもと違うのは、その目が真っ赤になっていること。
『ジュラが消える。黄竜がジュラを手離す決心をしたら』
それだけ言って迦楼羅は、子供に添い横になる。
もうこれ以上何も言う気はないという、それは意思表示だと思った。
「迦楼羅。ジュラに会いにいってもいいか」
迦楼羅の背に向かい、そう告げる。彼女は振りかえる。
「何故、会う必要がある」
「今まで、碌に話したことがない。一度話してみたいと思っていた。いつ、いなくなるか分からないのなら、ちゃんと話したい」
迦楼羅が起き上がり、睨み付けるように露智迦を見た。
「本音を言うと会わせたくないな。露智迦は天の人のままだから、もしかしたら付いていっちゃうかもしれない」
「莫迦を言うな。俺がお前を置いて何処へ行くというんだ」
彼女の真剣な瞳を、どう見たらいいのだろう。
「そうだね。でも、いつか私たちは離れ離れになる。それは決まった未来に起こること」
「何の話だ」
「ジュラは視ている。血だまりの中にいる露智迦と私を」
露智迦は愕然とした。
いつの日か、サクジンと共に視た光景と同じだと直感した。
「ジュラが、露智迦と私が一緒にいなければ起こらないかもしれない未知だと云う。だからといって離れるなんてできない。でも死ぬなんて…、もっと許さない」
思わず迦楼羅を抱き寄せた。
「何を言うつもりだ」
「私は人だ。どんなにいろいろな記憶が蘇っても、朱雀の証しを持っていても、私は生まれ変わった者だ。でも露智迦は違う。ジュラと一緒に天へ行けば運命が変わるかもしれない」
ジュラは考えていた。
露智迦を連れてゆくことを。
決して口には出さなかったけれど、迦楼羅には露智迦を思うジュラの声が聴こえてきた――。
しがみ付く迦楼羅を、露智迦は更に強く抱き締めた。
でも何も言えなかった。
「露智迦。ジュラに付いて行ってもいいよ。二人の未来が変わるなら、露智迦の近くにいられなくてもいい」
「それは嘘だな。さっき、独りにしたら許さないと聞いたばかりだ」
「それでも! 耐えてみせる」
その言葉を吐いた迦楼羅を、静かに泣く迦楼羅を露智迦は抱き締めることしかできなかった。
「ジュラに会うという話はなしだ。俺は迦楼羅の許を離れない。たとえ、その先に死が待っていても寿命ということだ」
二人は今、運命の岐路に立っているのだろう。その中でも決断は必要だ。
そして露智迦は人界に残るという選択をする。
独りにしたら許さない、と言った迦楼羅が本当の彼女だと信じて――。
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】